退職勧奨を受けたような場合に、不本意ながらつい根負けして退職届を出してしまうということがあります。
いったん退職届けを出した後になって、「やっぱり辞めておけば良かった」「退職届を撤回したい」という気持ちになる方も少なくありません。
このような退職届の撤回や取り消しが可能なのかという問題についてとりあげたいと思います。
なお、最初から退職するつもりなく退職願いを書いたというケースについてはこちらの記事を参考にして下さい。
▼退職するつもりはないのに書いた退職願いは有効か
納得がいかない、でもどうすればいいか分からない・・・そんな時は、専門家に相談することで解決の光が見えてきます。労働トラブルでお困りの方は、お気軽にご相談ください。
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解約の通知か、解約の申込みか
退職届の撤回は、必ずその効力が認められるというわけではありません。
法律的に少し難しくいうと、労働者からの退職の申し出は「一方的な解約の通知」あるいは「合意によって解約をしようという申し込み」と考えることができます。
そして、「一方的な解約の通知」の場合には、会社にその意思が到達した時にはすでに退職の効力が発生していることになりますので、会社の同意がない限り撤回できなくなります。
一方で、「解約の申込み」の場合は、会社がこれを承諾して初めて解約(退職)の効力が生じることになりますので、会社が承諾する前であれば自由に撤回できることになります。しかし、会社が承諾した後は、やはり会社の同意がない限り撤回できないことになります。したがって、この場合は会社の承諾前かどうかが大きな問題になってきます。
一方的な解約の通知か、解約の申込みかという問題は、退職届か退職願かという問題とも関連します。退職届と退職願の違いについてはこちらを参考にしてください。
▼退職届と退職願は何が違うか
一刻も早い行動を
もっとも、「一方的な解約の通知」なのか、「解約の申し入れ」に過ぎないのか、あるいは、「会社の承諾前か後か」というのは、退職届を出すに至った具体的な事情やその後の経緯等を踏まえて判断されることになりますので、大変微妙な判断になります。
いずれにしても時間が経過して手続きが進めば進むほど撤回出来る可能性は乏しくなっていくのは間違いありません。
したがって、いったん出した退職届けを撤回したいという場合は、何はともあれ一刻も早く撤回の意思を告げることが大切です。
その際には、いつ、どのような内容で撤回をしたかということが後々証拠によってはっきり分かるように、書面によって通知する(交付した書面の控えを取るようにしてください)、口頭での連絡であれば録音するなどの方策を取ることも大切です。(裁判や労働審判における証拠の意味についてはこちらを参考にしてください≫不当解雇を争うための証拠とは)
さらに、撤回の意向を会社に伝えた後も、例えば退職の手続きがどんどん進められてしまい、退職金が振り込まれたというような場合は、これをそのまま放置しておくと、自分の意思で辞めたということを裏づける根拠とされてしまう恐れがあります。
したがって、この場合は、退職金の返還を申し出る必要があります。
会社が退職届の撤回を認めてその後対応してくれるというのであれば良いのですが、そうでない場合は(そうでないことの方が多いでしょう)、上記退職金の扱いも含めて速やかに弁護士にご相談ください。
このような退職を前提とした手続きや行動については、解雇なのか、自主退職なのかが争われるケースでも大きな問題になります。この点について詳しくはこちらをご覧ください。
▼解雇と自主退職の境界~口頭で解雇されたら
錯誤による無効、詐欺脅迫による取消
退職届の撤回ができないという場合も、錯誤(思い違い)や詐欺、強迫(脅し)によって退職届を出したという場合には、錯誤による無効あるいは詐欺・脅迫による取り消しの主張をすることも考えられます。
よくあるのは、解雇出来る事由もないのに「自分から退職届を出さない限り解雇になる。そうするとあなたにとっても良くないでしょう。」などと言って脅して退職届けを出させるような場合です。
このような場合は、錯誤によって退職届を出したものとしてそもそも退職届に効力が認められない、あるいは、強迫によって退職届を出したものとして取り消しを主張することを検討することになります。
なお、このような退職勧奨の問題点については、こちらもご覧ください。
▼退職勧奨が違法となるとき~退職届けを出す前に知っておきたいこと
「解雇が嫌なら自己都合退職をするように」ある裁判例から
実際に裁判で争われた例(平成16年5月28日横浜地裁川崎支部判決)を見てみます。
この事案は、光ファイバーケーブルの製造販売等を行う会社で勤めてきた従業員が退職勧奨を受けて退職した後に
「退職届けを出したのは、会社から、本来解雇事由がないにも関わらず、“解雇する、解雇がいやであれば自己都合退職をするように”と言われ、自己都合退職をしなければ解雇されると信じたことによるものであるから、無効である」
などと主張して起こした裁判です。
動機の黙示的な表示
このケースで裁判所は、まず、原告は、本来解雇事由が存在しなかったのに、会社が解雇処分に及ぶことが確実でありこれを避けるためには自己都合退職以外に方法がないと信じた結果、退職を承諾する旨の意思表示をしたのだから、退職の意思表示にはその動機に錯誤があったと認定しました。
その上で、会社は、原告が自ら退職するか解雇処分を受けるかのいずれかの方法を取らざるを得ないことになることを当然に認識していたものであるから、「解雇処分を受けることを避ける」という原告の動機は(たとえ明示されていなくても)黙示のうちに表示されていたと判断しました。
さらに、解雇事由が存在しないことを知っていれば、原告もまた一般人も退職の意思表示をしなかったと考えられるから、意思表示の重要部分に錯誤があったものとして無効となると結論づけています。
なお、解雇や懲戒解雇がどのような場合に認められるのかについては以下の記事をご覧ください。
▼解雇と解雇理由~どんなときに解雇が許されるのか~
▼懲戒解雇とその理由~懲戒解雇されたときに知っておきたいこと
事前の相談と慎重な行動を
この事案では、退職合意が錯誤で無効であるという判断がされていますが、錯誤による無効主張が認められるためにはいくつものハードルがあり、決して簡単に認められるというわけではありません。
また、このような場面では、後に「言った、言わない」の問題になりがちです。
私が以前に経験したケースでも、「退職届を出さないと解雇になる」と執拗に言われて退職届を出したことが明らかであったにも関わらず(録音テープがありました)、いざ争いになると会社から、解雇をほのめかしたことすらないという主張がされたこともあります。
自分の身を守るためにも重要なやり取りについては後々きちんと証明できるようにしつつ、とにかく不用意な行動をせず、大事な決断をするときには早め早めに弁護士に相談することをお勧めします。
退職するとなった場合のそのほかの懸念事項について
退職するということになれば、他にも色々と懸念事項は出てくると思います。
参考になりそうな記事をピックアップしましたので、ご覧ください。
▼退職時に有給休暇を使うために知っておきたいこと
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▼名古屋の弁護士による労働相談のご案内