残業代請求をするために知っておきたいこと

名ばかり管理職問題など未払い残業代をめぐる問題が注目を集めて久しいですが、残念ながら、いまだに、労働者が長時間の残業をしても全く残業代を払わない、あるいは、ごく一部しか払わないという会社はたくさんあります。

未払い残業代の問題は、お金の問題(雇用契約上の支払い義務があるのに払わない)ではありますが、同時に、労働者の心身の健康の問題でもあります。

法律は、労働者の健康保持の観点から厳格な労働時間の定めを置き、時間外・休日労働に対しては割増を伴う一定の補償をさせることによって、時間外休日労働を抑制しようとしています。それにもかかわらず、残業代が払われないことになると、その抑制は全く効かなくなってしまうのです。

長時間労働により心身の健康を害する労働者も激増する中、この問題の本質を自覚した企業の真剣な対応が求められます。

ここでは、そんな未払い残業代を労働者の側から請求するときに知っておきたいことをまとめてみました。

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残業時間を証明する証拠はあるか

「未払いの残業代を請求したいんですが・・・」という相談を受けたときに、弁護士として真っ先に気になるのが、残業時間を証明する証拠があるか、という問題です。

交渉をするにせよ、裁判をするにせよ、もっとも大切なのは残業時間を証明する証拠です。

中には「会社は、私が残業していたことを当然知っている」と言う方もいらっしゃいますが、残業代請求の争いになれば、会社は当然、残業の事実自体を否定してきます(あるいは、残業時間を証明せよと迫ってきます)。

裁判で未払い残業代を請求する場合などは、残業時間を一日ごとに正確に証明する必要があります。記憶だけで「だいたいこれくらい働いた」といって請求するわけにはいかないのです。

具体的な証明方法

残業時間を証明するときに、真っ先に頼りになるのはタイムカードです。タイムカードがあるのであれば、そのコピーを必ず取っておきましょう。

請求する全期間のタイムカードがあるのがもちろんベストですが、たとえ一部でも重要な手がかりになります。

もっとも、会社によってはタイムカードがない、あるいは、タイムカードはあっても、労働時間が正確に記録されていないという場合もあります。

こういう場合は、例えば、労働時間が分かる業務日報や運行記録、パソコンの記録等を用いて立証していくことになります。

他にも、自分で作成した出勤・退勤時間の記録メモ等によって立証していくという方法もあります。

ただし、定期的に会社にも提出している日報などとは違って、自分で作成した記録メモ等によって立証しようとする場合には、これを裁判所に信用してもらうためのハードルは相当高いことは覚悟しておかなければいけません。

したがって、残業代の請求のことも考えて、働いた時間の記録をつけるのであれば、出勤時間、退勤時間、その日の仕事内容、特に残業時の仕事内容、上司の指示内容、その他その日の出来事を日々、出来る限り細かくメモをとることが不可欠です。毎日、細かく正確に書いてあればあるほど信用性が高まります。

なお、残業時間を証明する資料が会社にはあるものの自分の手元にはないという場合もあるかと思います。

こういった場合は、弁護士からの請求でこれらの資料を会社に開示させたり、裁判所を利用して強制的に証拠の保全を図る手続き(証拠保全手続きといいます)を利用することも考えられますので、あきらめずに弁護士にご相談いただければと思います。

具体的な実例で、残業時間の証明方法について知りたいという方はこちらをご覧ください。
残業代請求に必要な証拠とは
残業時間の証明と推定計算

残業代請求と時効

次のポイントは、いつまでさかのぼって請求できるのか、という時効の問題です。

時効というのは、簡単にいえば、一定期間の経過によって、請求出来るものも請求できなくなってしまう(義務者は支払いを拒める)という制度ですが、給料の場合、時効期間は法律で2年と定められています。

そのため、未払い残業代の請求をする場合も、請求できるのは直前の2年分に限られます。

給料の各支払い日から2年が経過すると時効にかかってしまいますので、退職直後であれば在職中の最後の2年分が請求できますが、退職後1年が経過すると請求できるのは最後の1年分のみなります。そして退職から(最後の給料支払い日から)2年が経過すると全て時効にかかっているということになります。

残業代の請求は退職後に行う場合が圧倒的に多いと思いますが、期間が経過すればするほど請求できる金額は減ってしまいます。

したがって、もし退職後に未払い残業代の請求を考えているのであれば、速やかに行動をすることが大切です。

残業代請求をするための具体的な手続き

弁護士に依頼する

残業代の計算は正確に算出しようと思うと意外と難しい問題が色々あり、その意味でも弁護士に依頼して請求するのが一番手っ取り早い方法ではあります。

弁護士に依頼した場合、通常、弁護士は、まず会社との間で交渉を行い、それでも会社が支払わない(あるいは、満足のいく水準では支払わない)という場合には、裁判や労働審判を起こすことになります。

労働審判というのは、労働事件についてスピードを重視して解決を図る制度ですが(詳しくはこちら≫労働審判とはどのような手続きか)、他方で、スピードが重視される分、論点が多岐にわたったり、複雑な証拠資料の解析が必要となるようなケースでは適さない場合もあります。

そのため、手持ちの資料の内容や、予想される会社の反論、金額的な妥協の余地の有無などを考慮した上で、どのような手続きを利用するのか検討することになります。

裁判を起こす場合は、ケースによっては、単に未払い分の支払いを得るだけでなく、付加金としてこれを上回る支払いを得られることもあります。この点について詳しくはこちら≫

なお、残業時間等を立証するための手持ちの証拠資料が乏しいという場合は、会社への開示請求や、ケースによっては裁判所を通じての強制的な入手(証拠保全手続き)も可能です。

自分自身で会社に開示を請求しても相手にしてもらえない場合が多いと思いますので、その意味で、手持ちの資料が乏しい場合には弁護士に依頼するメリットはより大きいと言えます。

弁護士に依頼する場合には費用がかかりますが、おおよそ着手金として「請求金額の5~8%程度」、報酬金として「実際に得られた金額の10~16%程度」が多いのではないかと思います(各事務所ごとに異なります。また利用する手続きの内容や請求金額によっても異なります)。

自分で請求する

自分で請求するという場合には、まずは、未払いの金額がおおよそいくらになるのかを掴む必要があります。

未払い金額を特定しないまま、会社に対して「未払いとなっている分を払ってください」と請求することも可能ではありますが、支払われた金額が妥当なものかを知る上でも、おおよその未払い金額を知っておく必要があるのです。

残業代の計算方法については、ネット上でも割と詳しい説明がありますし、弁護士も活用するような計算シートも出回っていますので、これらを参考にして、おおよその金額を掴んでください。

その上で、請求をするときのポイントは、話をうやむやにされないようにするためにも、また後で証拠として活用するためにも、書面で請求をすることです。

日付や宛先、こちらの氏名を明記の上、本文は、「これまでに少なくとも残業代(時間外労働手当)○○○円が未払いになっています。○月○日までにお支払いください」という程度の簡単なもので結構ですので、書面にした上で会社に出します。(写しをとっておくことを忘れないでください)。

万全にしておくのであれば、内容証明郵便を活用してください。

また、残業代の計算方法や請求書の書き方については、労働基準監督署に相談することも一つの手です。(参考≫相談するなら労働基準監督署か弁護士か

会社の反論別対処法を考える

自分で会社に対して請求をするという場合は特に、予想される会社の反論についてあらかじめ検討し、心の準備をしておく必要があります。

ここでは、予想される会社の反論別に、その反論が法律的に通用するかどうかを見ていきたいと思います。

基本給に含まれているから払わない

未払い残業代の請求に対する会社の主張として、まず考えられるのが「基本給の中に残業代が含まれているのだから、それ以上は払う必要はない」というものです。

たしかに、基本給の中に、毎月一定の残業代分を含ませるということ自体はありうることです。

しかし、その場合も当然のことながら、どれだけ残業をしても基本給の中に含まれていることにすることが許されるわけではありません。

基本給の中に含まれている分の残業時間を超えて残業を行ったのであれば、当然にその分の残業代が支払われなければならないのです。

そのためには、基本給のうち、どの部分が通常の労働時間に対する賃金部分で、どの部分が残業代に相当するのかということが明確に区別されている必要があります。

もし区別されていないと、法律上払われるべき残業代がきちんと払われているかどうかの確認すらできないことになるからです。

したがって、残業代が基本給の中に含まれていると言えるためには、このような明確な区別がされていることが必要となります(高知県観光事件、平成6年6月13日最高裁判決)。

なお、裁判例では、基本給のうちどの部分が通常の労働時間に対する賃金で、どの部分が残業代に相当するのかについて明確に区別されていないケースでも基本給の中に残業代が含まれることを認めた例もあります。

ただし、非常に高額の年棒(基本給年収2200万円)やそれとは別に業績賞与(最高で5000万円)が支払われているなど特殊なケースに限られており、基本的には、上記のとおり残業代とそれ以外の部分についての明確な区別が必要となります。

同意していたから払わない

未払い残業代の支払いを求めた際に、会社が「うちでは残業代は出ないということは入社のときに説明したし、あなたもこれまで一言も文句を言わなかった」などといって反論する場合がときどきあります。

その主張の意味するところはいろいろ考えられるのですが、もし「同意した以上は法律に従って払う必要はないはずだ」と言いたいのであれば、これは残念ながら労働基準についての法律の定めをよく理解していない主張だと言わなければいけません。

会社と労働者との間には、どうしても圧倒的な力・立場の差があります。そのため、労働条件を全て会社と労働者の合意にゆだねていたのでは、労働者にとって酷な労働条件が横行してしまいます。

そこで、労働条件の最低基準を定めたものとして労働基準法が定められ、そこで労働時間の規制や、これを前提にして法定の労働時間を超えて働かせることができる場合の条件、その場合の割増賃金等について定めを置いているのです。

したがって、たとえ合意があっても労働基準法を下回るようなものについては、効力は認められず、その場合、無効となった部分については、労働基準法の定める基準に従うことになります(労働基準法13条)。

つまり、労働基準法に従って、規定の割増賃金を支払わなければいけないのです。

よって、単純に「同意があるから法律に従って払う必要はない」ということにはなりません。

もし、残業代の請求に対して、会社がそのようなことを言って応じようとしないのであれば、労働基準法の意味をよく理解してもらう必要があります。

勝手に遅くまで働いていただけだから払わない

未払い残業代の請求に対する会社の主張として

「残業をしろと言ったわけではないのに、あなたが勝手に遅くまで働いていただけだから、払う必要などない」

という主張がされる場合があります。

業務量が多くやむを得ずに遅くまで残業をしていた労働者にしてみれば、感情を逆なでされるような主張ですが、よくある主張です。

しかし、「今日は残業して」と明確に指示が出ていなければ残業代請求権が発生しないというわけではありません。

たとえ残業について明示の指示がされていない場合でも、実態として労働者が残業をして働いている事実あり、それを会社が認識しているのに特段何も言わずにそのままにしていたのであれば、実質的には残業の指示があるのと変わらないということができます。

したがって、このような場合は、残業の「黙示の指示」があったとして残業代請求をすることができます。

例えばタイムカードを押しているのであれば、会社は残業の事実を当然に認識していたことになりますし、日報に残業の記載をして提出していたと言うのであれば、会社は残業の事実を把握していたといえます。

それを後になって、「勝手に働いただけ」と主張することは許されません。

管理職だから払わない

未払い残業代の請求に対して良く出される会社側の主張の一つに「あなたは管理職だから残業代は払う必要はない」というものがあります。

確かに、法律上「管理監督者」については、労働時間等に関する規制は及ばず、その結果、残業代も支払う必要はないことになっています。

なぜなら、「管理監督者」については、取り扱う仕事の内容からして、一般の労働者と同じような時間規制をすることはなじまない側面があり、また、一般の労働者と違って出退社についてある程度自由に決められるため、労働時間に関する規制をしなくても問題はないと考えられるからです。

ただし、問題は、どのような場合にこの「管理監督者」にあたるのかどうかです。

上に書いたような、管理監督者について労働時間等に関する規制が及ばない理由からすると、管理職の肩書さえつけば、あるいは役職手当が支払われてさえいれば、当然に管理監督者として残業代を支払わなくてもいいということにはなりません。

「管理監督者」にあたるかどうかは、

① 実際の職務内容や与えられた権限
② 出退社等についての自由度
③ 賃金面での待遇

などに照らして、労働時間に関する規制をしなくても問題はないと言えるだけの実態があるかどうかという観点から判断されます。

その結果「管理監督者」と言えないのであれば、たとえ管理職の肩書が付いていたとしても、労働時間の規制は及ぶため、残業代も支払われなければいけないのです。

例えば、管理監督者に街頭するかどうかについて判断したある裁判例(横浜地裁平成21年7月23日)を見てみたいと思います。

この事案は、小学生、中学生、高校生を対象とする受験予備校を経営する会社で働き、最終的に校長及び校長代理を務めた原告らが未払い残業代の支払いを求めて提訴したケースです。

会社が、原告らは管理監督者の地位にあったため残業代を支払う必要はないと主張したため、原告らが管理監督者の地位にあったかどうかという点が争点の一つになりました。

裁判所は、管理監督者とは「労働条件の決定その他労務管理につき雇用主と一体的な立場にあるものをいう」とした上で、これに該当するかどうかは

  1. 雇用主の経営に関する決定に参画し、労務管理に関する指揮監督権限を有するか
  2. 自己の出退勤について、自ら決定しうる権限を有するか
  3. 管理職手当等の特別手当が支給され、待遇において時間外手当及び休日手当が支給されないことを十分に補っているか

などを実態に即して判断すべきと述べました。

一般論としては特段目新しいものではありませんが、この基準に従って、このケースで具体的にどのような判断がされたかを見てみます。

裁判所は、校長を務めていた原告については

  1. 校長会議及び責任職会議への出席,時間割作成,配属された職員に対する第一次的査定等を行っていたものの
  2. 校長としての定事項は,すべて会社代表者が決裁して決定し,校長会議及び責任職会議では,役員会議,経営会議等で決定された経営方針,活動計画を伝達されるだけであり,校長が被告代表者の決裁なしに当該予備校としての方針を決めたり,費用を出捐したり,職員の採用,昇格,昇給,異動を決定することはなかったこと
  3. 他の職員と同様,出退勤時間が定められ,勤務記録表により出退勤時間を被告に管理されていたこと
  4. 年収が400万円代前半から半ばで残業代の支払いを受けている講師の中には、これに匹敵する年収を得ていたものもいること

から、管理監督者には当たらないとの判断をしました。

また、校長代理を務めいていた原告についても、ほぼ同様の点を指摘して管理監督者の地位に当たらないとの判断をしています。

監理監督者に該当するかどうかについて、ポストの名称や形式的な権限によってではなく「実態に照らして判断する」ということの具体例として参考になる裁判例です。

その他にも、外回りが多い営業社員などについては「労働時間を算定しがたい時」にあたるから、法律上、残業代を払わなくても良いという反論もあり得ます。この点についてはこちらをご覧ください。
「労働時間を算定しがたいとき」とはどのような場合か

残業代を請求する場面は在職中よりも退職前後が圧倒的に多いと思いますが、退職を巡っては次のような問題もあります。

退職時に有給休暇を使うために知っておきたいこと

退職金をめぐって~自己都合なのか会社都合なのか

退職勧奨(退職勧告)が違法となるとき

退職後の競業避止義務~誓約書は拒否できるか

秘密保持誓約書への署名を求められた時に知っておきたいこと

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