会社が従業員を辞めさせようとする場合、解雇という方法ではなく、従業員自ら退職を選択するように仕向ける「退職勧奨(退職勧告)」が行われることがあります。
解雇が許される場合には厳格なルールがあるため、会社の側からすると、後で争われることがないように、できれば従業員が自分から辞めるように仕向けたいという思いも働きます。
ここでは、退職勧奨がどのような場合に違法となるのか、退職勧奨を受けた場合の対処法等について解説したいと思います。
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退職勧奨とは
退職勧奨とは、会社が労働者に対して、自ら退職するように働きかける行為を言います。
退職勧奨を受けた際に、まず押さえておかなければならないのは、労働者の側にこれに応じる義務はないということです。
この退職勧奨は、法律的に小難しく言えば
「会社側から雇用契約の合意解約を申し入れている、あるいは、合意解約の申し入れをするよう誘引している」
という性質のものです。
つまり、簡単に言うと「契約を解約してほしいとお願いしている」あるいは「労働者の側から解約を言いだすように誘っている」ということです。
諭旨退職処分との違い
なお、これに対して、懲戒処分の一つとして、労働者に対して退職願を提出するように勧告して、即時退職を求める「諭旨退職処分」というものもあります。この場合、労働者が所定の期間内に退職願を提出しなければ懲戒解雇が行われます。
諭旨退職処分と退職勧奨との違いは、懲戒処分かどうかという点にあります。詳しくはこちら▼諭旨退職処分とは何か
応じるつもりがないことをはっきりと伝える
退職勧奨の場合、会社からの「お願い」あるいは「誘っている」というだけのことですので、これに応じるかどうかは、労働者の意思に完全に委ねられています。このことをまずしっかりと理解することが大切です。
会社があなたを辞めさせたがっているとしても、これに応ずるかどうかは、あなたが自分で判断して決められるのです。したがって、退職の意思がない場合は、そのことをきっぱりと会社に伝えることが大切です。
退職の意思がないことをはっきりさせておけば、執拗に退職勧奨を行うことは許されないことになりますし、逆に、この点を曖昧にしておくと、会社が退職勧奨を繰り返し行うことを正当化する要素の一つになってしまいます。
また、退職の意思がないこと明確にしておかないことによって、後に、解雇だったのか自主退職だったのかが争われるケースもあります。
退職勧奨(退職勧告)が違法になるとき
退職勧奨は、このように、会社の側からの「お願い」あるいは「お誘い」というだけですから、逆に言いますと、退職勧奨を行うこと自体が違法行為になるというわけではありません。
ときどき「退職勧奨=違法な行為」と考えて「退職勧奨された。許せないから訴えたい」というご相談を受けることがありますが、退職勧奨が全て違法行為になるわけではないことに注意が必要です。
ただし、退職勧奨が、例えば脅迫的言動で行われるなど、社会的に不相当なやり方で行われたと言える場合には、退職勧奨は違法な行為となります。
この場合、違法な退職勧奨によって被った苦痛に対する損害賠償請求も可能となります。
「社会的に不相当」とは
問題は、どのような場合に「社会的に不相当」と言えるか、です。この点については、下関商業高校事件という有名な判例がありますので、まずこれをご紹介したいと思います。
この事案は、年齢を基準に選定された高等学校の教員2名に対して、繰り返し行われた退職勧奨が違法かどうかが争われた事件です。
原告のうち一人対しては「3カ月間に11回」、もう一人の原告に対しては「5か月間で13回」、それぞれ時間にして20分から2時間15分に及ぶ退職勧奨が行われました。
退職勧奨の場で、使用者からは「あなたが辞めれば欠員の補充もできる」「夏休みは授業がないのだから、毎日来てもらって勧奨しましょう」などの発言がされたと認定されています。
1審判決は、まず
ことさらに多数回あるいは長期にわたり勧奨が行われることは・・・いたずらに被勧奨者の不安感を増し、不当に退職を強要する結果となる可能性が強く、違法性の判断の重要な要素と考えられる
退職勧奨は・・・被勧奨者の名誉感情を害することのないよう十分な配慮がなされるべき
という指摘をしました。
その上で、退職勧奨が違法となる場合と、ならない場合の線引きとして
総合的に勘案して、全体として被勧奨者の自由な意思決定が妨げられる状況であったか否かが、その勧奨行為の適法違法を評価する基準になる
と述べたのです。
そして、こうした基準に照らすと本件の退職勧奨については「違法である」と判断をしました。この判断は、2審の高裁でも、最高裁でも維持されています。
その他の裁判例を見ても、勧奨の回数や期間、そこでなされた言動等が重要なポイントになっています。
回数や期間については、被勧奨者が退職に応じない意思を示しているにも関わらず繰り返し行われることによってより違法性が強まると考えられますので、その意味でも、退職の意思がない時にはそのことをきっぱりと告げることが重要となるのです。
具体例をさらに知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
▼うつ病による休職・復職後の退職勧奨が違法とされた裁判例
▼結婚を機にされた退職勧奨が違法とされた裁判例
立証できるか?
もっとも、退職勧奨というのは密室において、口頭のやりとりで行われることがほとんどです。そのため、退職勧奨時にどのような言動がとられたかということを立証できるようにしておくことがとても大切になってきます。
私がかつて依頼を受けたケースでも、労働者が会社から「自主退職をしなければ解雇する」と執拗に迫られたためにやむを得ず退職届を出すことになったにもかかわらず、裁判になった段階で、会社が「解雇をほのめかしたことすらない」と真っ向から否定してきたことがありました。
このケースでは、退職勧奨時の様子を録音したICレコーダーがあったため、会社の嘘はすぐにばれましたが、このような録音がなければ、立証することは大変難しくなってきます。
したがって、違法な退職勧奨を受けていると感じたときには、自分の身を守るためにも、録音をとったり、直後に詳細にやりとりを記録したメモを作るなど、いつ、どのように違法な退職勧奨を受けたのかを立証出来るようにしておくことが必要です。
裁判でどのような証拠が役立つのかについては、以下の記事で詳しく説明しています。
▼不当解雇を争うための証拠とは
退職勧奨と自己都合退職・会社都合退職
退職勧奨を受けて退職した場合に、自己都合退職になるのか、会社都合退職になるのか、という点もよく問題となります。
退職勧奨と失業保険
自己都合退職か会社都合退職かについて、まず問題になるのが失業保険との関係です。
失業保険の基本手当を受給するためには、離職の日以前の2年間に被保険者期間が通算して12カ月以上あることが必要となります(雇用保険法13条1項)。
しかし、会社が倒産したことによって離職した場合や、解雇によって離職した場合(ただし、自己の責めに帰すべき重大な理由によるものは除かれます)など一定の条件を満たす人(「特定受給資格者」といいます)については、離職の日以前の1年間に、被保険者期間が通算して6ヶ月以上あれば足りるとされています(同法13条2項)。
また、特定受給資格者については、基本手当の支給を受けることの出来る日数についても、一般の離職者と比べると手厚くなっています(同法23条1号)。
一方で、被保険者が「正当な理由がなく自己の都合によつて退職した場合」には、1ヶ月以上3ヶ月以内の間で公共職業安定所長が定める期間は基本手当を受給できないこととされています(同法33条1項)。
よく「自己都合退職よりも会社都合退職の方が失業保険を受給する上でメリットがある」と言われたりしますが、それは、このように特定受給資格者について手厚く保護されていることや、正当な理由がなく自己都合退職をした場合に一定期間、基本手当を受給できないことを指しています。
では、退職勧奨によって退職する場合はどうなるのでしょうか。
実は、特定受給資格者に該当する場合の一つとして、「事業主から退職するよう勧奨を受けたこと」が挙げられています(雇用保険法施行規則36条9号)。
また、「直接もしくは間接に退職することを勧奨されたことにより、または希望退職者の募集に応じて退職した場合」については、退職することについて「正当な理由あり」とされ、給付制限を受けないこととされています(厚生労働省「雇用保険に関する業務取扱要領)。
したがって、このように退職勧奨により退職するに至った場合には、いわゆる会社都合退職として手厚い保護を受けることが出来ることになります。
退職勧奨と退職金
もう一つ、自己都合退職か会社都合退職に関して、問題となるのが退職金についてです。
退職金の支給額が自己都合か会社都合かで異なる場合も多くありますが、そのどちらになるのかという問題です。「会社からお願いされて退職するのだから、当然会社都合でしょ」と思っていたら、「自分で退職届けを書いて辞めるのだから自己都合でしか払わない」と言われるというケースがあります。
この点について重要なのは、自己都合か会社都合かは、単に「退職届を自ら出したかどうか」といった形式的な区別で判断すべきものではなく、その経緯に照らして実質的な判断がされる必要があるという点です。
退職金の支給に関して「自己都合」あるいは「会社都合」の線引きはどのように行われるのかについての具体例をこちらで紹介していますので、参考にしてください。
▼退職金を巡って~自己都合なのか?会社都合なのか?
拒否したら解雇されるかもしれないという不安について
退職勧奨を受ける方が最も心配されるのは「断ったら解雇されるかもしれない」という点です。
「退職に応じないと解雇になる」と会社からほのめかされたりする場合や、あるいは、会社が言わなくても、あなた自身に思い当たることがあって、これを断ると会社が解雇をするのではないかと心配するような場合もあるかもしれません。
この点について、まず押さえておかなければいけないのは、会社が従業員を解雇するためには「客観的合理的理由」と「社会的相当性」が必要だという点です。
会社は自由に従業員のクビを切れるわけではないのです。
したがって、解雇される心配があるという場合には、はたして解雇を有効に行うための「客観的合理的理由」や「社会的相当性」があるのかを具体的に検討することになります。
拒否したら配置転換されるかもしれないという不安について
退職勧奨を断ったところ、嫌がらせ目的で配置転換がされる、あるいは不当な仕事しか与えられないという場合がありますが、こうした行為は、本来自由な意思により決めるべき退職を不当に強制しようとするもので許されません。
退職届を出す前にご相談を
退職勧奨を受けた時に最も大切なのは、なし崩し的に会社に押し切られたり、拙速な判断をしてしまわないことです。
もちろん退職届を出した後であっても、たとえば「解雇理由がないのに解雇になると誤信して退職届を出したから錯誤で無効である」とか、「脅迫によって出さざるを得なくなったから取り消す」などとして争うことも出来ないわけではありません。(詳しくはこちら→退職届けは撤回できるか?)
しかし、上に書いたような立証の問題など難しい問題も出てきます。
退職をするかどうかというのは、生活に大きな影響を与える判断なのですから、会社から早急な決断を迫られたとしても「家族や専門家に相談をする」といってきちんと持ち帰り、しかるべき相談をしながら対応をしていくことが必要です。
また、大変残念なことですが、労働基準監督署に相談に行ったところ、退職届の書き方だけをアドバイスされ、「とりあえずこれを出してから、後のこと(会社に対する賠償請求など)は弁護士のところに相談に行くように」と言われたという例が散見されます。
退職届けを出した後に何かしらの請求をすることが法的に可能かどうか、出来るとしてもどの程度の金銭的補償が見込めるのかなどの判断をきちんとしないまま、こうしたアドバイスに従って退職届けを出すことは大変危険です。
仮に退職届けを出した後に何らかの法的アクションを考えているというのであれば、必ず退職届を出す前に弁護士に相談に相談することが大切です。退職勧奨でお悩みの方は是非お気軽にご相談ください。
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