退職後に「営業秘密を漏らした」として責任を追及される場合があります。その際によく根拠とされるのが不正競争防止法です。
不正競争防止法は一般の労働者にとっては耳慣れない法律かもしれませんが、「事業者間の公正な競争等を確保する」という目的で定められた法律で、一定の「不正競争」行為がある場合の差止請求や損害賠償を認めています。
そのため会社と元従業員(あるいは元役員)との間で秘密保持や競業避止を巡って争いになった際に、「あなたの行為は不正競争防止法に違反している」等として損害賠償や差止請求の根拠とされることがあるのです。
もっとも、不正競争防止法で保護される営業秘密に該当するためには、かなり厳格な条件があります。したがって、「営業秘密」云々と言われた場合には、本当にその情報が営業秘密に当たるのかということをよく検討することが必要になります。
ここでは不正競争防止法にいう営業秘密とは何かについて、実際に裁判で争われた例に触れながら解説していきます。
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営業秘密とは何か~3つの要件
まず不正競争防止法における営業秘密の定義について見てみます。
この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。(第2条6項)
つまり、営業秘密に該当するためには
- 秘密として管理されていること
- 事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること
- 公然と知られていないこと
であることが必要ということになります。
秘密として管理されているか
秘密管理性が否定された裁判例①
まず、秘密管理性が否定された例(東京地裁平成20年11月26日判決)をとりあげます。
この事案は、レコード、CDなどのインターネット通信販売を営む会社が、退職後に競業会社に就職した元従業員とその身元保証人を訴えたケースですが、その中で元従業員が在職中に得た商品の仕入れ先情報が不正競争防止法における「営業秘密」に該当するのかが問題になりました。
裁判所は、まず、営業秘密に該当するために「秘密として管理されていること」が求められる理由について次のように説明しています。
- 営業秘密は、情報という無形なものであって,公示になじまない
- そのため、保護されるべき情報とそうでない情報とが明確に区別されていなければ、その取得、使用又は開示を行おうとする者にとって、当該行為が不正であるのか否かを知り得ず,それが差止め等の対象となり得るのかについての予測可能性が損なわれる
- (その結果)情報の自由な利用、ひいては、経済活動の安定性が阻害されるおそれがある
要するに、開示が許されない情報と分かるようにしておかないと、何を開示していいかの判断ができなくなって、情報の自由な利用が出来なくなってしまう、ということです。
そして、裁判所は、このような趣旨に照らすと、当該情報を利用しようとする者から容易に認識可能な程度に、保護されるべき情報である客体の範囲及び当該情報へのアクセスが許された主体の範囲が客観的に明確化されていることが重要とした上で、秘密として管理されているかどうかの主な判断要素として
- 当該情報にアクセスした者に当該情報営業秘密であると認識できるようにされているか
- 当該情報にアクセスできる者が制限されているか
という点を挙げました。
さらに、その判断にあたっては、
- 当該情報の性質
- 保有形態
- 情報を保有する企業等の規模
- 情報を利用しようとする者が誰であるか
- 従業者であるか外部者であるか
- 原告においては、アルバイトを含め従業員でありさえすれば,ユーザーIDとパスワードを使って、本件仕入先情報が記載されたファイルを閲覧することが可能であったこと
- ファイル自体には、情報漏洩を防ぐための保護手段が講じられていなかったこと
- 従業員との間で締結した秘密保持契約も、その対象が抽象的で、本件仕入先情報が含まれることの明示がされていなかったこと
- 従業員に対して、本件仕入先情報が営業秘密に当たることについて,注意喚起をするための特段の措置も講じられていなかったこと
- 本件仕入先情報が、その性質上,秘匿性が明白なものとはいい難く、原告の従業員にとって,それが外部に漏らすことの許されない営業秘密であるということを容易に認識できるような状況にあったということはできないこと
- 顧客情報の閲覧や印刷に原告代表者の事前の承認や許可を得るという秘密管理規定で定められた手続が、実際には遵守されていなかったこと
- パスワードの設定等による物理的な障害も設けられていなかったため,権限のない原告従業員でも自由に閲覧したり印刷したりすることができたこと
- 従業員が日々の営業活動において取得して会社に提供することにより会社が保有し蓄積する顧客情報となるものも含まれていること
- 顧客情報を利用した営業活動においては、従業員が特定の顧客との関係で個人的な親交を深め、その関係が会社を離れた個人的な交際関係も同然となる場合も生じ得ること
- 顧客情報ファイルの引き継ぎに際して、特別な注意が与えられるとか、管理に関する特別な指示がされるなどの特別の手当がされていなかったこと
- 従業員の秘密保持の誓約書の提出も徹底されていたとはいえないこと
- そうすると、会社は秘密保持義務が不徹底のまま契約者台帳ファイルの管理を個々の営業部従業員に任せていたというべきであること
- 営業部従業員は、必要に応じて契約者台帳のコピーをとって社外に持ち出すなどしており、契約者台帳ファイルの管理は会社の手もとを離れてしまっていたと言わざるを得ないこと
- 登録モデル情報は、外部のアクセスから保護された原告の社内共有サーバー内のデータベースとして管理され、その入力は、原則として、システム管理を担当する従業員1名に限定し、これへのアクセスは、マネージャー業務を担当する従業員9名に限定して,その際にはオートログアウト機能のあるログイン操作を必要としていたこと
- 登録モデル情報を印刷した場合でも,利用が終わり次第シュレッダーにより裁断していること
- 会社は就業規則で秘密保持義務を規定しており、モデルやタレントのマネジメント及び管理等という業務内容に照らせば、登録モデル情報について,上記のような取扱いにより、従業員に登録モデル情報が秘密であると容易に認識することができるようにしていたといえること
- 人材派遣業において派遣スタッフの管理名簿や派遣先の事業所リストは派遣先企業のニーズに合致した人員を派遣するために必要不可欠なものであること
- 人材派遣業者は、これらの名簿やリストを通じて必要な情報を管理することにより派遣先企業の求める資質を有する労働者を派遣することが可能となるものであり、それを通じて、派遣先企業からの社会的な信用を得るとともに、利益を得ることができること
- これらの名簿やリストを通じての情報の管理が、人材派遣業者間での競争において有利な地位を占める上で大きな役割を果たすこと
等を考慮すべきとしています。
その上で、本件では
等を指摘して、秘密管理性は認められない、と結論づけています。
秘密管理性が否定された裁判例②
次に、平成23年9月29日東京地裁判決です。
この事案では、健康器具を販売する会社で取締役兼営業担当部長であった者が、退社後に入社した競業会社に対して顧客名簿を開示した行為等が問題とされ、この顧客名簿に記載された顧客情報が、営業秘密にあたるのかが争われました。
裁判所は、
ある情報が秘密として管理されているというためには、当該情報に接し得る者が制限され、当該情報に接した者に当該情報が秘密であると認識し得るようにしていることが必要である
とした上で、
を指摘して、会社は、顧客名簿に記載された顧客情報に接し得る者を制限し、この情報に接した者に同情報が秘密であると認識し得るようにしていたとはいえないから、本件各名簿に記載された顧客情報は、秘密として管理されていたとはいえないと結論づけました。
この判決でも重視されていますが、形式上のルールでは閲覧等が制約されていても、実際にはそれが守られておらず、物理的にもそれが制約されていないという場合は、秘密として管理されていたとはいえないことになります。
秘密管理性が否定された裁判例③
もう一つ、同じく顧客情報が問題となったケースで、顧客情報の特質性にも着目して営業秘密性を否定した例(大阪地方裁判所平成22年10月21日)を見てみたいと思います。
この事案は、主に投資用マンションの販売を行っている不動産会社が、元従業員らが退職後に競合する不動産会社に顧客情報を開示した等として、損害賠償や顧客情報の使用の差し止め等を求めたケースです。
裁判所は、まず「営業秘密」として保護されるために秘密管理性が必要とされている理由について説明した上で、とりわけ本件で問題とされた顧客情報について
を指摘して、
そのような情報を含む顧客情報をもって、退職後に使用が許されなくなる事業者の「営業秘密」であると従業員に認識させ、退職従業員にその自由な使用を禁ずるためには、日々の営業の場面で,上記顧客情報が「営業秘密」であると従業員らにとって明確に認識できるような形で管理されてきていなければならず、その点は、実態に即してより慎重に検討される必要がある
と述べました。
その上で本件では
等を指摘して、結論的に本件で問題とされた顧客情報については秘密として管理されていたとは言えず、営業秘密に当たらないと結論づけました。
確かに、業界によっては、顧客と営業社員との関係は会社を離れた個人的な関係に発展し継続していくことはままあり、退職後の秘密保持や競業行為が問題となる場面では、こうした観点も十分に考慮される必要があります。
秘密管理性が肯定された裁判例
一方、秘密管理性が認められた例(平成26年4月17日東京地裁判決)も見てみます。
この事案は、モデルやタレントのマネジメントをする会社で働いてた従業員が、退職後、同業の会社を立ち上げたのに対して、営業秘密である登録モデルの個人情報を使用したとして、元の会社から損害賠償請求がされたケースです。
登録モデルの個人情報が不正競争防止法における「営業秘密」に当たるのかという点に関連して、当該情報が秘密として管理されていたかが問題となりましたが、裁判所は以下のような点を指摘して、これを肯定しました。
元従業員らは、他の従業員も登録モデル情報を入力することがあったことなども主張しましたが、裁判所は、この点についても、「他の従業員が登録モデル情報の入力をしたことがあるとしても、これが恒常的に行われていたと認めることはできない」として、これによって秘密管理性が否定されることはないとしています。
上でとりあげた秘密管理性を否定した裁判例②では、秘密管理規定で定められた手続が実際には遵守されていなかったことや、パスワードの設定等が行われていなかったことと対比して頂ければと思います。
有用な情報であるか
次に、不正競争防止法における営業秘密に該当するための2番目の要件である「事業活動に有用な技術上または営業上の情報であること」について見ていきます。
有用性が肯定された裁判例
事業活動に有用かどうかは、秘密として管理されているかどうかという問題に比べると比較的わかりやすく、事業活動の内容や、当該情報の内容及び事業活動における利用方法等に照らして有用性の判断がされています。
例えば、上で秘密管理性が肯定された裁判例として取り上げた平成26年4月17日東京地裁判決(モデルやタレントのマネジメントをする会社が、同社を退職後同業の会社を立ち上げた元従業員に対して、営業秘密である登録モデルの個人情報を使用したとして損害賠償請求をしたケース)では、
原告は、モデルやタレントのマネジメント及び管理等を業とする株式会社であり、顧客からモデル募集等の注文があった際に、登録モデル情報を使用すれば、顧客の注文に即した候補モデルを短時間で効率的に選別することができるのは明らかであるから、登録モデル情報は、原告の事業活動に有用な営業上の情報である
として有用性が認められています。
また、人材派遣会社が、元取締役らに対して、営業秘密である派遣スタッフ名簿及び派遣先名簿を競業関係にある会社に開示したとして、名簿の廃棄や損害賠償等を請求した事案(平成15年11月13日東京地裁判決)では
を根拠に、有用性が肯定されています。
有用性が否定された裁判例
これに対して、有用性が否定された例(平成11年7月19日東京地裁判決)を見てみます。
この事案は、食品や食品原材料の輸入販売を行う会社が、退職後、競業会社に勤めた元取締役らに対して、営業秘密の開示の差止や損害賠償等を求めたケースですが、会社は
「油炸スイートポテトについて、真実の原価、利益率は秘密にしながら、取引相手にはより低い利益率を示し、企業内で極秘に利益を獲得する営業システム」
が営業秘密であると主張しました。
これに対して、裁判所は、
有用性の有無については、社会通念に照らして判断すべきである
とした上で、極秘に二重に帳簿を作成しておいて、営業に活用するという抽象的な営業システムそれ自体は社会通念上営業秘密としての保護に値する有用な情報と認めることはできないと結論づけています。
似たような判断は、平成14年2月14日東京地裁判決でも示されています。
この事案は、公共土木工事の積算システムのコンピュータソフトウエアの販売等を行う会社が、退職後に同種の会社を立ち上げた元従業員らに対して、不正に取得した営業秘密を利用して営業活動を行っているとして損害賠償等を求めたケースですが、会社は
「公共土木工事に関する埼玉県庁土木部技術管理課作成の平成11年度4月1日時点の土木工事設計単価に係る単価表の単価等の情報のうち非公開とされているもの」
を営業秘密として主張しました。
これに対して、裁判所は、不正競争防止法において営業秘密として保護されるために有用性が求められる趣旨について
事業者の有する秘密であればどのようなものでも保護されるというのではなく,保護されることに一定の社会的意義と必要性のあるものに保護の対象を限定するということ
とした上で、このような趣旨に照らすと
犯罪の手口や脱税の方法等を教示し、あるいは麻薬・覚せい剤等の禁制品の製造方法や入手方法を示す情報のような公序良俗に反する内容の情報は、法的な保護の対象に値しないものとして、営業秘密としての保護を受けないものと解すべき
としました。
そして、本件情報は,地方公共団体の実施する公共土木工事につき、公正な入札手続を通じて適正な受注価格が形成されることを妨げるものであり、企業間の公正な競争と地方財政の適正な運用という公共の利益に反する性質を有するものと認められるから、営業秘密として保護されるべき要件を欠く、と結論づけています。
つまり、主観的に事業活動に有用であれば全て保護されるというわけではなく、あくまでも社会通念に照らして客観的に保護すべき有用性があることが必要な点に注意が必要です。
公然と知られていないものか
最後に、不正競争防止法における営業秘密に該当するための3番目の要件である「公然と知られていないこと」について見ていきます。
この点は、通常はそれほど大きな争いにはなりませんが、たとえば、上で有用性が否定された例として取り上げた平成11年7月19日東京地裁判決(食品や食品原材料の輸入販売を行う会社が、退職後、競業会社に勤めた元取締役らに対して、営業秘密の開示の差止や損害賠償等を求めたケース)では、営業秘密として主張された
「油炸スイートポテトについて、真実の原価、利益率は秘密にしながら、取引相手にはより低い利益率を示し、企業内で極秘に利益を獲得する営業システム」
について、裁判所は、原告独自の経営方法と認めることはできないとして、非公知性も否定しています。
おわりに
これまで見てきたように不正競争防止法で保護される「営業秘密」に該当するためには、かなり高いハードルを超えることが求められます。
とりわけ秘密として管理されていたかという点は、普段あまり意識されない点で、多くの裁判例で、この要件を満たさないことを理由に労働者に対する責任追及が否定されています。
したがって、「営業を秘密を漏らした」等として会社から責任を追求される場合には、上に挙げた3つの要件に沿って、本当に営業秘密なのかという観点から確認をすることが有用です。
なお、不正競争防止法に基づく責任追及ではなく、秘密保持の誓約書に基づく場合について知りたい方はこちらをご覧ください。
▼退職後も秘密保持義務を負うか
▼秘密保持誓約書と秘密の意味
また、退職後の競業避止義務についてはこちらをご覧ください。
▼退職後の競業避止義務~誓約書は拒否できるか
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