就職活動をする際に、経歴の一部を言わなかったり、事実と異なる説明をする等の経歴詐称が行われる場合があります。
経歴詐称とまで言えるかどうかはともかく、面接の際等に、採用に不利益に働く事実を自分から言うべきかどうか迷う場面もあるかもしれません。
このような経歴詐称が入社後に発覚した場合のリスクとして真っ先に思い浮かぶのは「クビになる(懲戒解雇される)」ということだと思います。実際に、多くの会社では、就業規則上の懲戒解雇事由として経歴詐称が挙げられています。
では、経歴詐称を理由とする懲戒解雇は許されるのでしょうか。実際に裁判で争われた例を参考にしながら、経歴詐称のリスクについて考えてみたいと思います。
なお、懲戒解雇がどのような場合に許されるのかの全般的な事項については、次の記事をご覧ください。
▼懲戒解雇理由~どんなときに懲戒解雇が許されるか
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経歴詐称と懲戒解雇事由
経歴詐称が問題とされるパターンとしては、学歴を詐称する場合、職歴を詐称する場合、犯罪歴の有無を詐称する場合等があります。
このような経歴詐称が懲戒解雇事由になること自体は、古くから多くの裁判例で一致して認められています。
ただし、たとえ就業規則の懲戒解雇事由として単に「経歴詐称」と記載されている場合であっても、どのような経歴詐称でも当然に懲戒事由になるというわけではありません。
「その経歴の詐称は、ごく些細なものではならず、あくまで使用者の労働者に対する信頼関係、企業秩序維持等に重大な影響を与えるものでなければならない」とされています(昭和30年6月3日神戸地方裁判所判決)。
このように重要な経歴の詐称であって初めて懲戒解雇事由になるわけですが、重要な経歴とは具体的には「その前歴詐称が事前に発覚したとすれば、使用者は雇入契約を締結しなかったか、少なくとも同一条件では契約を締結しなかったであろうと認められ、かつ、客観的にみても、そのように認めるのを相当とする」もの(大阪高裁昭37年5月14日判決)などとされています。
懲戒解雇が認められた例
では、具体的に懲戒解雇が認められた例をいくつか見てみましょう。
学歴と職歴の詐称
まずは、学歴と職歴の詐称を理由とする懲戒解雇の効力が争われた例(昭和55年2月15日東京地方裁判所判決)です。
このケースで、労働者は機械のオペレーターとして採用され勤務していましたが、採用にあたって、実際には短大卒であったにもかかわらず高卒までの学歴しか申告しませんでした。
また、入社前の5年7ヶ月間に3度職を変え、無職の時期もあったのに、実際には7ヶ月間しか行っていなかった自営業を5年数ヶ月にわたって継続していたかのように申告していたのです。
このケースで、裁判所は、懲戒解雇が行われるまでの約1年9ヶ月間に、当該労働者の労務提供や職場の人間関係に特段の支障は生じていなかったことは認めながらも、学歴詐称、職歴詐称のいずれの点についても、これを理由に懲戒解雇を行うことを有効と認めました。
その理由として、学歴詐称については
- 会社は、オペレーター作業員については、その作業の特質、従業員の定着性等の考慮からその採用を高卒以下の学歴の者に限っており、事前に、真実の学歴を知っていたとすれば、雇用契約を締結しなかったであろうと推測されること
- 会社は、オペレーターが高卒以下の学歴の者であることを前提として、工場の職制や人事管理体制を組織しており、短大卒の者をオペレーターとして採用しないことに客観的に合理性が認められること
などが指摘されています。
また、職歴詐称についても、「その詐称の内容、程度共に極めて重大で、背信性の強いものであり、会社の労働者に対する人物評価を大きく誤らせるものであった」と評価されています。
職務能力を偽る詐称
もう一つ、職務能力を偽ったことを理由とする懲戒解雇の効力が争われた例(東京地裁平成16年12月17日判決)を見てみます。
この事案では、インターネット関連のプログラム開発で主に用いられるJAVA言語のプログラミング能力がないにも関わらず、それがあるかのように記載した経歴書を提出し、また、面接時でも同趣旨の説明をして採用されたことを理由とする懲戒解雇の効力が問題となりました。
このケースで、裁判所は、「重要な経歴を偽り採用された」という懲戒解雇事由に該当するとして、懲戒解雇を有効としています。
なお、この事案では、解雇予告のない即時解雇が許されるかという点も争われましたが、裁判所は即時解雇も許されるとしています(即時解雇について詳しくはこちら≫即時解雇(即日解雇)が許される場合とは)
懲戒解雇が認められなかった例
これに対して、懲戒解雇が無効とされた例(岐阜地裁平成25年2月14日判決)も見てみます。
この事案では、2ヶ月半、風俗店で働いた経歴があったことを履歴書の職歴欄に記載せずに、パチンコ店のホールスタッフとして採用されたアルバイト従業員に対する懲戒解雇の効力が問題となりました(働き始めてから約5ヶ月後に発覚しています)。
これに対して、裁判所は、
- 原告が風俗店で働いていた期間は約2か月半という比較的短い期間であったこと
- 会社が、解雇通告後約1ヶ月間、そのまま原告にホールスタッフとしての就労を継続させていたこと
- 原告の立場は期間の定めのある契約によるアルバイト従業員に過ぎなかったこと
- 原告には本件職歴を申告しなかったという不作為があったにとどまること
- 本件職歴に関して原告が自発的に申告するべき義務があったともいえないこと
- 原告の勤務態度等について特段問題があったとも認められないこと
からすると、原告が本件職歴を記載しなかったことによって「企業秩序が具体的に侵害されたことがあったとしても,程度としては軽微であった」とした上で、
などを総合考慮すると、懲戒解雇は重すぎるとして、「客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であるとは認められないから無効」と、判断しました。
⑤の理由について、裁判所は、
「採用を望む者が、採用面接に当たって、自己に不利益な事実の回答を避けたいと考えることは当然予測されることであり、採用する側もこれを踏まえて採用を検討するべきである」
とも指摘しています。
不利益な事実の告知義務はあるか
経歴詐称とまではいえなくても、採用面接などにあたって不利益な事実を告知すべきかどうかという問題もあります。
面接を受ける側からすると、できれば触れたくはないけれども、あとで発覚して問題となるのであれば言っておいた方がいいだろうかと大いに悩む場面です。
このような採用にあたっての申告義務について参考になる裁判例として平成24年1月27日東京地方裁判判決を紹介します。
この事案は、厚労省の外郭団体の常務理事から大学の教授に転職した原告が、以前の勤務先でパワハラ、セクハラを行ったとして問題とされた事を大学に告知しなかったことを理由に解雇された事案です。
このような事実を採用の際に自ら申告をすべき義務があるかどうかという点について、裁判所は
採用を望む応募者が、採用面接に当たり、自己に不利益な事項は、質問を受けた場合でも、積極的に虚偽の事実を答えることにならない範囲で回答し、秘匿しておけないかと考えるのもまた当然であり、採用する側は,その可能性を踏まえて慎重な審査をすべきであるといわざるを得ない
として、告知義務の存在を否定しました。
大学側は、大学選任教員には豊かな人間性や品行方正さも求められ、社会の厳しい批判に耐えうる行動の適格性が求められるから、セクハラ・パワハラの告発がされ問題とされていることを告知すべき信義則上の義務があったと主張していましたが、裁判所は、
「採用の時点で,応募者がこのような人格識見を有するかどうかを審査するのは,採用する側である。」
「それが大学教授の採用であっても,告知すれば採用されないことなどが予測される事項について,告知を求められたり,質問されたりしなくとも,雇用契約締結過程における信義則上の義務として,自発的に告知する法的義務があるとまでみることはできない。」
として告知義務の存在を認めませんでした。
このような告知義務に関して、よくあるのが前職で懲戒解雇された場合についてです。懲戒解雇されたことを履歴書に記載しなければならないか、告知しなければならないか等についてはこちらをご覧ください。
▼懲戒解雇と再就職~懲戒解雇歴を履歴書に記載する必要があるか
また犯罪歴については、以下の記事もご覧ください。
▼賞罰の意味~履歴書に前科前歴を書く必要はあるか
解雇や内定取り消しについては以下の記事をご覧ください。
▼解雇と解雇理由~どんなときに解雇が許されるのか~
▼内定取り消しとその理由~内定取り消しは許されるか
▼内々定の取り消しは認められるか
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