労働契約と労働条件/ワークルールの基礎①

労働契約について

使用者と労働者との間には法律的にいえば「労働契約」という契約関係が存在しています(「雇用契約」という言い方もしますが、同じ意味です)。

労働契約において、労働者は、使用者に対して、労務の提供を行う義務を負います。一方で、労働者は使用者に対して、給料の支払いを請求する権利があります。

このように、労働者は、働く義務を負うけれど、その代わり、給料を支払ってもらう権利を持つ、というのが雇用契約の基本的な構造です。

したがって、例えば、サービス残業のように、働いているのに給料を支払ってもらえない、というのは、れっきとした契約違反ということになります。

労働契約と業務命令権

労働者は、労務を提供する義務を負いますが、何も使用者に全人格を売り渡した訳ではありません。したがって、使用者は労働者に対して何でも指揮命令ができるわけではないのです。

よく「これは業務命令だ」といって、使用者から理不尽な要求をされているケースがあります。業務命令と言われてしまうと、あたかも何でも聞かなければいけないような気持ちになってしまうかもしれません。

しかし、使用者が労働者に対して業務命令を出すことができる根拠は、労働契約にあります。そうである以上、業務命令の名の下に、どんな命令でも許されるわけではなく、労働者が労働契約によって処分を許した範囲内の事項であってはじめて業務命令は適法なものになるのです。

合理性を欠くような業務命令、あるいは、労働者の人格を侵害するような業務命令は許されませんし、労働者はこれに従う義務はなく拒否することができるのです。

業務命令を拒否できるか

労働契約と安全配慮義務

さらに、使用者は、労働者に対して給料さえ払えば良いというわけではない点も重要です。

労働者が労務を提供するにあたっては、使用者が所有管理する設備を使い、使用者の指揮命令に従って労務を提供することになります。つまり、労働者が、健康に安全に働くことができるかどうかについて使用者は重大な影響力を持っているのです。

そのため、使用者は、労働者に対して単に給料を払えば足りる訳ではなく、その他にも、労働者が健康で安全に働くことができるように配慮しなければならない法的義務を負います。これを「安全配慮義務」といいます。

長時間労働によって心身の健康を害する労働者が後を絶ちませんが、こうした問題も使用者による安全配慮義務違反という契約違反の問題として捉えることができます。

また、パワハラ等の場面では、パワハラ行為を行っている個人(例えば上司)の問題だけではなく、使用者がそれを放置し対応しなかったという場合には使用者の安全配慮義務違反も問われうることになるのです。

労働契約書と労働条件通知書

さて、このように労働者と使用者との関係が、労働契約の問題であるということになると、当然、重要となってくるのが、どのような内容の労働契約を結ぶのかという点です。

法律相談では、よく労働条件に関して「こういう扱いは許されるのですか」「こういう場合は法律上どうなるのですか」というお尋ねを受けます。しかし、まず出発点として確認する必要があるのは、ご自身の「労働契約上どうなっているか」です。

そこで、「労働契約書を見せてください」とお願いするのですが、「あれ?あったかな?確か、働き始めるときになにか書面をもらったような気もするけれど・・・。」という方が少なくありません。

労働契約書とは、労働契約の内容を書面にしたものです。

労働契約は口頭でも成立しますが、口頭での確認だけでは契約内容が不明確となりトラブルの元となってしまいます。そこで、「労働契約法」という法律は、「労働者及び使用者は、労働契約の内容について、できる限り書面により確認するものとする」(4条2項)として、契約内容をできる限り書面により明確にすることを求めています。

また、労働基準法にも、「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない」と、労働条件の明示を使用者に義務づける規定があります(15条1項)。

特に、賃金及び労働時間に関する事項等の重要な事項については、書面を交付することによって明示することが義務づけられており、この書面のことを「労働条件通知書」といいます。

このように、働き始めるときに取り交わす労働契約書や労働条件通知書は、今後働く上での基本的事項が示された重要な書類ですので、よく読んで内容をチェックし、手元にきちんと保管しておくことが大切です。また、労働条件等をめぐってトラブルが生じかけたときには、まず雇用契約書を引っ張り出してきて、そこに何が書かれているかを確認するところから始めてください。

労働条件の明示義務違反について損害賠償請求が認められた例
雇用契約書や労働条件通知書をもらえない場合どうするか

最低基準としての労働基準法

これまで説明してきたように、労働者と使用者は、労働契約という契約関係にあり、その契約は本来的には対等の立場に立って結ばれるべきものです。

もっとも、雇われる立場である労働者と雇う立場にある使用者とが対等に協議し、合意するというのは実際上、非常に困難です。そのため、そのまま当事者同士の合意に委ねていたのでは、際限の無い過酷な労働条件が広がってしまいます。

そこで、労働者を保護するために労働条件の「最低基準」を定めたのが労働基準法です。

最低基準ですので、これよりも労働者にとって不利な合意を労働者と使用者との間で結んだとしても「無効」、つまり法的には意味はありません。そして、この場合、労働基準法に定められた内容が契約内容になります。

例えば、労働基準法には、毎年一定日数の休暇を有給で保障する有給休暇の定めがあります(39条1項)。具体的には、6ヶ月以上継続して勤務し、全労働日の8割以上出勤した労働者には10日の有給休暇を与えなければならないとされ、勤務年数が増えれば日数も増えていきます。

したがって、もし使用者が一方的に「うちは有給休暇は無しね」と決めても、また使用者と労働者が「有給休暇は無し」という合意をしたとしても、法律的には効力はありません。労働者は有給休暇を請求する権利を失わないのです。

一方で、労働基準法に定められた内容よりも労働者にとって有利な合意を結ぶことは自由です。

したがって、有給休暇の例でいえば、労働基準法に定められた内容よりも、労働者と使用者の合意で、有給休暇の日数を増やしたり、条件を労働者にとって有利に変更することは自由ということになります。

このように、労働条件の最低基準を定めているのが労働基準法であること、これを下回る合意はゆるされないが、上回る合意は許されることをしっかり理解して頂ければと思います。

就業規則と労働契約

労働契約と労働基準法との関係についてみてきましたが、ここでもう一つ、労働条件に関して押さえて頂く必要があるのが、就業規則です。

就業規則という言葉を聞いたことはあっても、自分が働いている職場の就業規則は見たこともないという人もたくさんいると思います。

就業規則とは職場の労働条件等を定めたルールで、常時10人以上の労働者を使用する使用者(パート・アルバイトも人数に含まれます)は、就業規則を作成することが法律上、義務付けられています。

就業規則の非常に大事な効力の一つは、仮に就業規則に定められた基準よりも労働者にとって不利な労働条件を労働契約で定めたとしても無効になるという効力です(労働基準法93条)。

先ほど、労働基準法を下回る労働契約は無効という話をしましたが、それだけではなく就業規則を下回る労働契約も無効になるのです。

就業規則の効力と不利益変更

就業規則は、使用者が一方的に定めるルールでありながら、労働者はこれに拘束されるという特別な性質を持っています。

そのため、就業規則が効力を持つためにはいくつか厳格なハードルがあります。

まず、就業規則は、法律上、各作業場の見やすい場所での常時掲示もしくは備え付け、または書面の交付によって労働者に周知させなければならないとされています(労働基準法106条)。このような周知手続きがとられていない場合、就業規則に効力は認められません。

また、使用者といえども、既に存在している就業規則を一方的に変更することによって労働条件を労働者にとって不利益に変更することはできないのが、原則です(労働契約法9条)。

ただし、例外的に

①変更後の就業規則を労働者に周知させていること
②就業規則の変更が「合理的なもの」であること

という条件を満たす時に限って、たとえ労働者の合意がなくても、就業規則によって労働条件の切り下げを行うことが認められています。

何をもって「合理的な変更」になるのかについては裁判上も学説上も難しい議論が色々ありますが、何はともあれ、使用者は就業規則を一方的に労働者に不利益に変更することは原則として許されず、これが許されるためには一定の厳格なハードルがあることを頭に入れておいて頂ければと思います。

就業規則の変更と周知のルールについて

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