就業中の喧嘩による死亡
労働者が怪我をしたり病気になった時に、これが労災に該当するかどうかというのは大変大きな問題です。
労災といえるためには、それが「業務の起因する災害」といえることが必要となります。
就業中の喧嘩によって労働者が死亡したケースで、これが労災に該当するかどうかが争われた判例として昭和49年9月2日最高裁判決を採り上げます。
納得がいかない、でもどうすればいいか分からない・・・そんな時は、専門家に相談することで解決の光が見えてきます。労働トラブルでお困りの方は、お気軽にご相談ください。
詳しく見る
梁の間隔を巡って
この事案で亡くなった労働者は大工でした。
この労働者は、工事現場で屋根の板張りの仕事をしていたところ、就職の依頼のために工事現場を訪ねてきて、作業の手伝いなどをしていた元同僚から「仮枠の梁の間隔が広すぎる」と指摘され、これに対して「仕事もできもしないのに」という趣旨の発言を行いました。
その後、発言を聞き咎めた元同僚に呼ばれて道路に降りて行きましたが、謝罪せずに、かえって元同僚を馬鹿にした態度をとったことから怒った元同僚から顔面や頭部を殴打され、後日亡くなってしまったのです。
「業務上」の否定
このような事実関係で、最高裁は亡労働者は業務上死亡したとは言えないという結論をとりました。
その理由として最高裁は、本件災害の原因について、亡労働者が、元同僚に対してその感情を刺激することを述べ、さらに元同僚の呼びかけに応じて道路に降りてきた後、嘲笑的態度をとり相手を挑発したことによるものであるとした上で、
① 亡労働者の一連の行為は全体としてみれば本来の業務に含まれるものとは言えず
② 本来の業務に随伴または関連する行為にも該当しない。
③ また、業務妨害者に対して退去を求めるために必要な行為でもない。
という点を指摘しています。
就業中に生じた災害は、原則として労災に該当すると言えますが、本来の業務とは関係のない行為によって生じたなどの特別な事情がある時には、本件のように労災に該当しないとされることがありますので注意が必要です。
業務上の災害であることが認められた例
これに対して、同じく就業中の喧嘩によって労働者が負傷した場合で労災であることが認められた例として、東京高裁60年3月25日判決を採り上げたいと思います。
この事案で、レッカー車の運転手である被災者は、工事現場で同僚1名とともにトラックから鉄骨を地上に下ろす作業をしていました。
ところが、クレーン操作を担当していた被災者がワイヤーロープのたるみをなおすためにウインチをわずかにまいたところ、鉄骨の上で玉がけ作業をしていた同僚がトラックから落ちそうになってしまいました。
これがきっかけで、憤激した同僚は、運転席めがけて鉄製の角あてを投げつけ、さらに鉄パイプを持って運転席の前にきて殴りかかる姿勢を示しました。
これに対して、被災者は、同僚がなぜ怒っているのか分からないまま、いったんクレーンの運転席から降りて逃げましたが、その後、同僚がトラックの荷台に戻ったため、トラックの下まで行って、なぜ怒っているのかを尋ねました。
すると、同僚から「合図をせんのになぜ巻いた」と言われ、被災者が「たるみを直しただけ」などと答えたところ、さらに憤激した同僚からスパナで殴りつけられ負傷してしまいました。
業務上災害と認められる
これについて、裁判所は、
①被災者の負傷は、鉄骨の積み下ろし作業について、被災者と同僚との間の意思疎通を欠いたことが原因で生じたものであること
②自分が正しいと信じている被災者としては、同僚の憤激の理由を問いただして解消しなければ、その後の作業はできなかったこと
③そうすると、同僚の控訴人に対する憤激は、いわば「クレーンによる鉄骨積み下ろし作業に内在する危険から生じたもの」」と認められること
④ 一連の事件は数分程度以内に起こったもので、争いがいったん収まった後に私的挑発行為によって生じたものということはできないこと
を理由として挙げ、業務上の負傷であることを認めました。
昭和49年9月2日最高裁判決との違い
就業中の喧嘩による死亡について業務上の災害であることを否定した昭和49年9月2日最高裁判決と比較すると、最高裁の事例では被災者が相手の感情を刺激する発言をし、さらに相手に対して嘲笑的態度をとって挑発したことが喧嘩の原因とされています。
これに対して、本件では、喧嘩の原因はあくまでも作業の過程自体にあり、また、被災者は作業を継続するのに必要な限度での対応をするにとどまっていて、積極的な挑発的行為を行っていないという違いがあるということができます。