いったん払われた退職金の返還請求
懲戒解雇時には退職金を支払わないと定めている会社は多くあります。
ただし、不支給を定めた規定があれば当然に不支給とできるわけではなく、実際に不支給とするためには、労働者に永年の勤労の功労を抹消あるいは減殺してしまうほどの不信行為があることが必要です。(詳しくは、解雇・懲戒解雇時の退職金の不支給・減額は有効?|裁判例で見る判断基準)
もっとも、在職中には懲戒解雇事由が発覚せず、労働者が自主退職をして退職金が支払われた後になって懲戒解雇事由が発覚するという場合もあります。こうした場合に、会社は退職金の返還請求をすることができるのかについて見ていきたいと思います。
就業規則の定め
とりあげるのは、「退職後に懲戒解雇事由が発覚した場合には退職金の返還を求めることができる」という就業規則に基づいて退職金の返還請求がされた事例(平成23年5月12日東京地裁判決)です。
この事案では、各種情報処理システムのハードウエア、ソフトウエアの販売開発などを行う会社で勤務していた従業員が、退社後に会社の元取締役が設立した同業の新会社に移り、その際に自らがプロジェクトリーダー等を務めていたチームの部下を大量に引き抜いた行為が問題となりました。
裁判所は、まず、この会社における退職金は、「功労報償的な性格」と「賃金の後払い」としての性格を併せ持ったものであるから、単に懲戒解雇事由が存在するというだけで直ちに退職金の返還が認められるのではなく
「従業員のそれまでの勤続の功を抹消してしまうほどの著しく信義に反する行為」がなければ退職金返還義務を負わない
と述べました。
著しく信義に反する行為か?
その上で、退職金の返還請求が問題となった退職者3名のうち、2名については
① 在職中に、その地位を利用して部下の従業員らに対して積極的に勧誘行為を行ったこと
② その際、業務時間外に限定して原告との雇用関係を前提とする人間関係、取引関係等を利用しないよう配慮する等して行われたとする痕跡が全くなく、むしろ、会社との雇用関係を前提とする地位、職場のメール、人間関係、取引関係等も利用する等して行われたものと評価することできること
③ 両名とも、在職中に従事していた業務を新会社で継続するに足りる従業員が新会社に移行することに関与した上で、退職し、新会社に就職したこと
を指摘し、このような行為は、「社員に不当な方法で退職を強制したり,引き抜き,またはそれらを行おうとしたとき」等の懲戒解雇事由に該当するとしました。
さらに、
① 両名がプロジェクトリーダー等として関与していた取引先担当の従業員の多く(1社については18名、もう1社については12名)がほぼ同時期に退職して新会社に移ったこと
② このような一斉の退職によって取引先との関係における会社の業務に支障が生じることを十分に認識していたこと
③ 実際に当該2社との関係での売り上げが翌年から0円になったこと
からすると、両名について「いずれもそれまでの勤続の功を抹消してしまうほどの著しく信義に反する行為があった」と結論づけました。
他方で退職金の返還請求がされた3名のうち残りの1名については、積極的に従業員に対して新会社に移るように勧誘した証拠はないとして懲戒事由の存在を否定し、懲戒事由があることを前提とする退職金請求は認められないとしました。
退職金の返還請求が認められるほどの「著しく信義に反する行為」がどのように判断されるのかを見る上で参考になる事例です。
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