中退共による退職金の返還請求
就業規則に「退職後に競業避止義務違反があった場合には退職者に対して退職金の返還請求をすることができる」などと定められている場合があります。
これまでいくつかご紹介してきたように、こうした退職後の競業避止義務を定めた規定は当然に効力が認められるわけではなく、これが有効となるためには様々な条件が必要になってきます。(競業避止義務の基本やその効力の判断方法についてはこちら⇒退職後の競業避止義務~誓約書は拒否できるか?)
ところで、中小企業の場合には、退職金が中小企業退職金共済(中退共)によって支払われる場合があります。
こうした場合に、会社が退職者に対して、中退共による退職金を返還するよう求めることは果たして可能か、という問題があります。
この点について判断した裁判例として、平成24年11月8日大阪地裁判決を見てみます。
退職後の競業避止義務があったから・・・
この事案は、装飾雑貨・販売促進用物品の販売を行う会社で、営業課長の地位にいた元従業員に対して、会社が退職金の返還を求めたケースです。
この会社の就業規則には、マネージャー職以上の社員について、「退職後6ヶ月は、同一府県内及び隣接府県内において、会社の同種の事業場に雇用され、又は事業を行ってはならない」という規定が置かれ、これに違反した場合には、会社は退職金の返還を請求できるとされていました。
しかし、この従業員が受け取ったのは中退共による退職金であったため、その返還を会社が求めることがそもそも可能なのか、という点が問題となったのです。
減額に関する法律の規定
結論から言いますと、裁判所は、会社は返還を求めることはできない、と判断しました。
その理由の一つとして指摘されているのが、中退共退職金の根拠となっている中小企業退職金共済法の10条5項の規定です。
この規定は、従業員が、その責めに帰すべき事由により退職し、かつ、使用者の申出があった場合で、厚生労働大臣が相当と認めたときには退職金を減額できると定めています。
しかし、それ以外には中小企業退職金共済法には、退職金を減額したり、不支給とする場合は定められていません。
そのため、このケースのように退職後の競業避止義務違反さえあれば退職金の返還を求めることができるということになると、中小企業退職金共済法10条5項の意味がなくなってしまうというのが、裁判所が指摘した理由の一つです。
会社が取得していいのか
また、裁判所が指摘したもう一つの点は、中小企業退職金共済法10条5項によって退職金を減額できる場合でさえ、会社が減額分を請求(取得)できるわけではないという点です。
にも関わらず、会社が原告に退職金の返還請求をすることができるということになると、会社がその退職金分を利得するという、中小企業退職金共済法の想定していない事態が生じてしまうのです。
裁判所は、こうした点から、本件の就業規則の規定は、公序良俗に反して無効と判断し、退職者に退職後の競業避止義務違反があったかどうかを判断するまでもなく、会社の主張は認められないと結論づけました。
こうした問題があることを意識せずに、退職金が中小企業退職金共済によって支払われる場合にも、返還義務を課すような就業規則もありますので、注意が必要です。
中小企業退職金共済による退職金の返還を巡っては、こんなケースもあります。
⇒中退共の退職金が退職金規定の金額を上回る場合の返還請求は認められるか
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