在職中の競業避止義務
在職中の労働者は、会社との間で、会社の利益に配慮し、誠実に行動する義務を負っています。
そして、その誠実義務の一つとして、労働働契約の存続中に使用者の利益に著しく反する競業行為を差し控える義務(競業避止義務)を負っています。
退職後については特段の特約がない限り競業避止義務を負わないのに対して(この点について詳しくはこちら≫退職後の競業避止義務~誓約書は拒否できるか)、在職中は、このように特約がなくても一般的に競業避止義務を負っているという点で大きな違いがあります。
ところで、退職後に独立予定の労働者が、まだ雇用契約が存続している間に担当顧客に退職の挨拶に行ったところ、顧客から「独立後も引き続いて担当して欲しい」と頼まれるような場合があります。
もし、これを承諾して、退職後にその顧客との間で契約等した場合には、在職中の競業避止義務に反したことになるのでしょうか。
このような問題について触れた裁判例(大阪地裁平成24年4月26日判決)を見てみます。
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退職の挨拶と退職後の取引
この事案は、会計事務所を退職した従業員2名(うち1名は税理士)が、従前担当していた多くの顧客との間で、記帳代行業務や税務申告業務に関する契約を締結したことに関して、元の勤務先の会計事務所から損害賠償請求を受けたケースです。
やや特徴的といえるのは、従業員らが在職中に退職の挨拶に赴いた時点から契約の勧誘が行われたとして、退職後の競業避止義務違反だけではなく、在職中の競業避止義務違反もあわせて主張された点です。
なお、1名の従業員は、退職時に「私又は事務所の他の者が担当していた事務所の顧客に対し関与を働きかけません」と記載された確認書に署名し提出していました。ただし、元の書面には、「顧客から勧誘を受けても関与しない」旨も記載されていたのですが、この部分については削除した上で署名押印をしています。
在職中の競業避止義務違反になるか
裁判所は、まず、在職中の行為に関して
特段の競業避止義務について合意するのでない限り、顧客に対し退職の挨拶をする際などにおいて、退職後の取引を依頼したとしても、そのこと自体が、常に、雇用契約継続期間中における競業避止義務に違反するというわけではない
と指摘しました。
そして、従業員らが、退職の前後を通じて、顧客に積極的に働きかけて会計事務所との契約を解約させた事実は認められないとして、会計事務所の請求を棄却しています。(なお、裁判所は、「念のため」として、従業員らが、会計事務所の信用をおとしめるなどの不当な方法で営業活動を行っていないこと等も指摘しています)
また、裁判所は、判断の中で、
そもそも、従業員が退職するに当たり、担当顧客らから新たに契約をするように申出を受けた場合に、それを拒絶したり、翻意を促したりしなければならない法的義務があるとまではいうことができないし,そのような申出を受けたことについて勤務先に開示する義務を当然に負うということもできない
という点も指摘しています。
退職にあたっての行動に悩まれている方には参考にしていただければと思います。
なお、このケースでは、上で書いたように、従業員は退職時に「確認書」の署名押印を行っていましたが、その際に「顧客から勧誘を受けても関与しない」という部分については削除した上で提出していたことから、退職後に負う義務としても「自分から積極的に働きかけをしない」という内容ものとされています。
このような退職時の書面の作成にあたって、慎重に行動することの重要性も改めて認識して頂ければと思います。
退職時の誓約書については、以下の記事もご覧ください。
▼退職後の競業避止義務~誓約書は拒否できるか
また、在職中の行為と兼業禁止規定の問題については、以下の記事も参考にして下さい。
▼副業・兼業禁止規定違反となるのはどのような場合か
競業避止、秘密保持トラブルでお困りの方はお気軽にご相談ください。
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