入社時や退職にあたり、退職後の競業避止義務を定めた誓約書の提出を求める会社が増えてきました。
労働者にしてみれば、特に入社時などは、雇用契約書など他の書類と一緒に提出を求められるために、ほとんど内容も読まずに署名して提出してしまう場合が多いと思います。
また、退職時に提出を求められた場合には、さすがに内容が気になるとは思いますが、やはり「別にこれくらいいいか」と考えて安易に署名してしまう方も少なくありません。
しかし、この退職後の競業避止義務を定める誓約書には、法律上、重要な意味が込められています。
安易に考えて署名したばかりに、後々、重大なトラブルに発展してしまうこともあるのです。
ここでは、このような退職後の競業避止義務の問題に関して、そもそも競業避止義務とは何か、誓約書にどのような意味や法的効力があるのか、そして、退職時に誓約書の提出を求められた場合にどう対処すべきかを解説していきます。
納得がいかない、でもどうすればいいか分からない・・・そんな時は、専門家に相談することで解決の光が見えてきます。労働トラブルでお困りの方は、お気軽にご相談ください。
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競業避止義務とは
競業避止義務とは、使用者の事業と競合する事業を営んだり、競合する会社に就職するなどして、使用者の利益を害してはならないという義務のことをいいます。
在職中であれば、労働者は、会社との間の雇用契約に付随して、この競業避止義務を負っています。
そのため、例えば、在職中に、こっそりと会社の事業と競合する会社を立ち上げて営業することは、この競業避止義務違反となり、これによって会社が損害を被った場合には、損害を賠償する義務を負うことになります。
問題は、「退職後も」そのような義務を負い続けるのかという点です。
職業選択の自由
そもそも、憲法上、人には職業選択の自由が保障されています。
そうである以上、在職中はともかく、退職後には、競業避止義務は負わないのが原則です。
したがって、退職後にも競業避止義務を負うことが特別に雇用契約の内容となっていない限りは、退職後に競合会社に就職したり、競合会社を立ち上げたとしても、競業避止義務違反を理由に法的責任を問われることはありません。
こういった場合に、会社があなたに対して何らかの法的請求をちらつかせるようであれば、退職後の競業避止義務について何らの根拠もないことを指摘して、請求を拒否すれば良いことになります。
また、仮に会社が退職金を支給しないなどの制裁措置を取ってくるのであれば、同じように不支給に理由がないことを指摘して、支払いを求めていくことになります。
競業避止義務の合意がある場合
では、退職後の競業避止義務を定めた誓約書を提出するなどによって、会社との間で退職後の競業避止義務について合意をした場合は、どうなるでしょうか。
会社との間で競業避止義務について合意をしている場合でも、無条件にその効力が認められるわけではありません。
まず、例えば無理やり誓約書にサインをさせられたなど、合意が任意に行われたものでないのであれば、有効な合意が成立しているとは言えません。この場合には、合意が存在しない場合と同じになります。
また、仮に合意が成立しているとしても、既に説明したように、人には職業選択の自由が認められる以上、職業選択の自由が不当に制約されない限度でのみ有効となります。
「職業選択の自由が不当に制約されない限度」とは具体的にはどういう意味かについて、さらに詳しく見ていきます。
退職後の労働者の秘密保持義務と競業避止義務について判断した有名な判例に、フォセコ・ジャパン・リミティッド事件(昭和45年10月23日奈良地裁判決)という事件があります。
この事件で裁判所は、
競業の制限が合理的範囲を超え・・・職業選択の自由等を不当に拘束し、同人らの生存を脅かす場合にはその制限は公序良俗に反し無効となる
としたうえで、この合理的範囲を確定するにあたっては、
制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、対象の有無等」について会社の利益(企業秘密の保護)と、労働者の不利益(転職、再就職の不自由)及び社会的利害(独占集中の惧れ、それに伴う一般消費者の利害)の3つの視点に立って検討すべき
としました。
退職後の競業避止義務が争われたこれまでの裁判例をみると、競業避止義務の合意が有効となるか否かは、おおむね以下のような点を総合的に考察して判断されています。
- 使用者のみが有する特殊な知識等が害されるか
- 労働者の在職中の地位や職務内容
- 競業禁止の期間や地域の範囲
- 労働者のキャリア形成の経緯
- 労働者の背信性
- 代償措置の有無、内容
①は、在職中に労働者が一般的に取得できるような知識経験については、これを退職後に活用することは何ら問題はなく、これを制約することは許されないという趣旨です。
逆に、使用者のみが持っている特殊な知識が使われるような場合であれば、競業避止義務の合意を有効とする方向に働きます。
また③の競業禁止の期間については2年程度であれば「短い」と評価される例が多いようです。
さらに、④は、労働者が一貫して構築してきた職種の場合(永年にわたって、その業界で働いてきた等)は、競業避止義務を認めると職業選択の自由への制約度が高くなるため、合意の有効性がより厳しく判断されるという趣旨です。
⑥の代償措置の有無については、これがなければ競業避止義務の合意が有効にならないというわけでありませんが、労働者が被る不利益を補償するものとして、重要な要素と言えます。この代償措置の問題について詳しくはこちらの記事も参考にしてください。
▼代償措置のない競業避止義務は有効か
これらの事情を総合的に考慮して、職業選択の自由を不当に制約しない合理的な範囲の合意であれば有効となり、その違反について損害賠償請求や営業の差止請求などが可能となります。
逆に、職業選択の自由を不当に制約する合意であれば無効となり、損害賠償請求や営業の差止請求は許されないことになるのです。
どのような場合に合理的な制約になるのかについて、具体的な事例を知りたいという方はこちらをご覧ください。
▼競業避止の誓約書が有効と認められた裁判例
▼就業規則の競業禁止義務規定に効力が認められなかった裁判例
誓約書へのサインを求められたら!?
では、以上で説明したことを前提に、退職時に、退職後も競業避止義務を負うことを内容とする誓約書等に署名を求められた場合の対応について考えてみましょう。
すでに述べたとおり、競業避止義務違反の主張が認められるか否かは、これを明示した合意があるかないかによって大きく異なってきます。
したがって、退職後に競業行為を行う可能性が全くないのであれば署名をすればそれで構いませんが、もし競業行為を行う可能性が少しでもあるというのであれば、当然慎重な対応が必要となります。
署名の拒否
一番簡単な方策は、このような誓約書に署名をするのを拒否することです。
労働者には、退職後にも競業避止義務を負うことを内容とする誓約書に署名をする義務があるわけではありませんので、あなたが拒否をすれば、会社としてはそれ以上何もしようがありません。
また、他の選択肢としては、誓約書に署名をすることの条件として、退職金の積み増しなど一定の代償措置を求めることも考えられます。
本来自由であるはずの退職後の行為について、一定の制約を受け入れる以上、一定の代償措置を求めることは決しておかしなことではありません。
ただ、これらの方法は、どうしても会社と険悪なやりとりになる可能性が極めて高いといえます。
したがって、出来るだけ円満に終息させたいけれど、競業行為による後日のトラブルを防ぎたいということであれば、あなたが退職後に行うかもしれない行為が制約の範囲外になるよう、競業避止義務の範囲を狭める交渉を会社と行うことも考えられます。
いずれにしても安易に署名して後日大きなトラブルにならないように、慎重に対処することが必要です。
ここでは退職後の競業避止義務についてとりあげましたが、同じような問題として、退職後の秘密保持義務の問題もあります。退職後の秘密保持義務についてはこちらをご覧ください。
▼退職後も秘密保持義務を負うか
▼秘密保持誓約書への署名を求められた時に知っておきたいこと
また、既に説明したように、労働者は在職中に競業避止義務を負いますが、独立を予定している労働者が雇用契約存続中に退職の挨拶に行ったところ、顧客から「独立後も引き続いて担当して欲しい」と頼まれるような場合があります。こうしたケースについては以下の記事で解説しています。
▼退職の挨拶と在職中の競業避止義務
退職にあたっては、他にもこんな問題があります。
▼退職勧奨(退職勧告)が違法となるとき
▼退職時に有給休暇を使うために知っておきたいこと
▼仕事上のミスで会社に損害を与えた場合に賠償義務を負うのか
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