懲戒解雇が有効に行われるためには、大前提として就業規則に定められた懲戒解雇事由に該当することが必要です。
では、懲戒解雇事由に該当するかどうかはどのように判断されるのでしょうか。この点について、実際の裁判例に触れながら見ていきたいと思います。
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就業規則の定めと懲戒解雇事由
就業規則に定められた懲戒解雇事由は、多くの場合、その内容が緩やかに抽象的に定められています。そのため、解釈の仕方によっては、些細なことでも簡単に懲戒解雇事由に該当するようにも思えます.
しかし、懲戒解雇は、会社による制裁、つまり罰として行われるもっとも重い処分です。
そのため、抽象的な懲戒事由の定めが安易に拡大解釈されると、懲戒事由の範囲は無限定に広がっていってしまいます。したがって、懲戒解雇事由に該当するかどうかは、慎重に解釈される必要があります。
「名誉または信用を害した」か?
具体例として、裁判例(静岡地方裁判所平成29年1月20日判決)を見ていきます。
このケースは、ある学校法人が短大の准教授(原告)に対して行った懲戒解雇処分の効力が争われた事案です。
原告が学校法人の職員及び理事長らを強要罪で検察庁に告訴したことが「学園の秩序を乱し,学園の名誉または信用を害したとき」という懲戒事由に該当するかという点が問題となりました。
これに対して裁判所は、原告は、強要の事実が存在しないことについて十分認識できたのに検討不十分なまま告訴を行ったとして、原告が告訴によって「学園の秩序を乱した」ことは否定できないとしながらも、次のように指摘しました。
- 「学園の秩序を乱し,学園の名誉または信用を害した」という文言、及び懲戒解雇事由はその性質上慎重に解釈することが必要であることからすると
- 当該事由については、「学園の秩序を乱したこと」に加え,「学園の名誉又は信用を害したこと」を要すると解すべき
- さらに、「学園の名誉または信用を害した」の意味についても、「学園の名誉又は信用を害するおそれがある」というだけでは足りず,当該行為によって「現実に学園の名誉又は信用を害したことを要する」と考えるべきである
つまり、「学園の名誉又は信用を害したこと」が必要とした上で、その恐れがあるという抽象的な危険性では足らず、「現実に害した」ことが必要とすることで、懲戒解雇事由に該当するためのハードルを上げたのです。
そして、本件では、告訴を行ったことをマスコミその他の外部に公表したわけではなく、現実に学園の名誉や信用が害されたと認められないから、懲戒解雇事由に該当しない、と結論づけました。
控訴審
これに対して、この事案の控訴審判決(東京高等裁判所平成29年7月13日判決)では、一転して、懲戒解雇事由該当性が認められています。
裁判所は、その理由として、
- 「学園の秩序を乱し、学園の名誉又は信用を害したとき」を懲戒事由として規定している趣旨は、学園の秩序違反行為に対し,特別の制裁を加えるという点にある
- よって、「学園の秩序を乱し,学園の名誉又は信用を害したとき」とは、教職員が学園の秩序を乱した結果,学園の名誉又は信用が現に侵害された場合のみならず,その具体的な危険を生じさせた場合も含まれる
と指摘しています。
つまり、一審の判断のように「現実に害した」ことまでは必要ではないが、「具体的な危険を生じさせたこと」は必要かつそれで足りるとしたのです。
その上で、本件告訴事実は、
- 捜査機関が捜査に着手すれば、その内容が、マスコミも含めた外部に漏れる可能性が相当程度ある
- (よって)、本件告訴は、被告学園の社会的評価の低下をもたらす具体的危険を伴うものであり、また、大学経営という事業活動に支障を来す具体的危険を伴うものである
として、懲戒解雇事由該当性を認めました。
もっとも、懲戒解雇自体については、「本件懲戒解雇は重きに失するものであった」として、一審判決と同様に「無効」としています。
その理由としては
- 本来の職務である授業及び研究において、その適格性を疑わせるような事実は認め難く、これまで懲戒処分の処分歴もないこと
- 最も重い処分である懲戒解雇を受けると、対象者は、教員あるいは研究者として、他の大学等へ就職することは困難となることが予想されること
- 本件告訴事実が、マスコミも含め、外部に漏れた形跡はうかがえず、本件告訴によって、1審被告学園の社会的評価が大きく低下した事実は認め難いこと
などが挙げられています。
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