求人票の記載と退職金規定~あると聞いていた退職金が実はなかった

退職金が出ると思っていたのに・・・

「解雇されたのか?それとも自分から退職したのか?」でご紹介した平成10年10月30日大阪地裁判決ですが、この事案ではもう一つ、退職金の支払いをめぐって興味深い点が争いになっています。

実は、原告が応募した際の会社の求人票には、「退職金有り」と記載され、また、加入保険等の欄にも「退職金共済」の文字に○印がされていました。

また、会社の代表者は、原告が働き始めてからしばらくした頃、原告に対して「2年勤めたら3年目から退職金が出るから頑張って仕事をするように」との発言もしていました。

ところが、実際には、この会社には退職金規定はなく、また退職金共済制度にも加入していなかったのです。

原告が退職金の請求をしたのに対して、会社は、退職金の支払い義務はないとして争いました。

求人票の記載はどのような意味を持つのか

この点について、裁判所は、まず求人票に記載された労働条件の効力について

① 求人票は、会社が、仕事を探している人に対して「このような労働条件で雇用契約を締結することを申し込みませんか」と誘うものであって、仕事を探す人としては、当然に求人票に記載された労働条件が雇用契約の内容になると思って、雇用契約締結の申込みをするものである。

② したがって、求人票記載の労働条件は、会社と応募者との間で、これとは違う労働条件を合意するといった特別の事情がない限りは、雇用契約の内容になるものと考えるべきである。

と述べました。

そして、この事案では、退職金について、原告と会社の間で、求人票の記載とは違う合意をした事実はないのであるから、求人票に記載されたとおり、会社が退職金を支払うことが雇用契約の内容になっていたと判断したのです。


退職金の額はいくらになるのか

もっとも、問題はまだあります。

上に書いたとおり、求人票には、「退職金有り」と記載され、また、加入保険等の欄に「退職金共済」の文字に○印がされていただけですので、「会社が退職金を支払うことが雇用契約の内容になっていた」といっても、じゃあ、会社は一体いくらを支払わなければいけないのかということがはっきりしないのです。

この点について、裁判所は

「求人票に退職金の額や支給基準が明示されているわけではない以上、退職金の額の具体的内容は、雇用契約を締結した際の当時者の合意によって定まると考えるべきであるから、そのような合意がないこのケースでは本来、退職金の額を確定することは不可能である」

といいながらも、以下のように述べて、退職金の金額を確定し、会社に支払いを命じました。

① 本件では、求人票に退職金共済制度に加入することが明示されているのであるから、会社は、退職金共済制度に加入すべき義務を負っていたというべきである

② にもかかわらず、会社が退職金強制度への加入を怠ったことによって、退職金の支払いを免れることになるのは相当ではない

③ したがって、原告は、会社に対して、少なくとも、仮に会社が退職金共済制度に加入していたとすれば原告が得られたであろう退職金と同額の退職金を請求する権利を持っている。

④ この場合の退職共済制度とは、中小企業退職金共済法に基づく退職金共済制度を指すと考えるべきである。

⑤ なぜなら、これよりも最下限の退職金額が低く原告にとって不利である商工会議所の共済制度を指すということになると、退職金共済制度に加入しなかったことについて責任のある会社を利することになって相当ではないからである。

退職や解雇をめぐって相談をお受けする中で、「そもそも求人票に書いてあったことと実際の労働条件に食い違いもあって、働き始めたときから不満を感じていたんです」という話が出てくることはよくあります。

求人票にいい加減な記載をする会社が散見される中、ここで示されている裁判所の考え方は非常に参考になります。

採用段階での説明との食い違い

この保険会社は、それまで臨時的にのみ中途採用を行っていましたが、優秀な人材を確保するために、あるいは他業種経験者からの人材確保のために、中途採用を計画的に進めていこうとしていました。

ただ、一方で、新卒採用者との公平感なども考慮して、内部的には、中途採用者の初任給について、新卒同年次の定期採用者の一番下の格付けによって定めると決定していたのです。

ところが、この保険会社は、中途採用を進めるにあたって、応募者に対してはそのことを明示せず、求人広告や面接、社内説明会での説明では「給与条件について新卒同年次定期採用者とは差別しない」旨の説明をしていました。

このような説明を信じて入社してきた原告が、あとになって、実は、新卒同年次の定期採用者の一番下の格付けになっていることを知って、給与の差額の支払い等を求めて提起したのが本件訴訟です。

労働条件の明示義務

裁判所は、このような会社の求人にあたっての説明は、労働条件の明示義務を定めた労働基準法15条に違反するとし、また、雇用契約締結に至る過程における「信義誠実の原則」に反するものであって、会社は、これによって精神的損害を被るに至った者に対して損害賠償義務を負うと判断しました。

職場を決めるというのは、中途採用の場合は言うまでもなく、どんな形であっても、人生における大きな決断の一つです。

その判断にあたって前提となる労働条件について、事実と異なるような説明が行われてはならないのは言うまでもありません。

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併せて知っておきたい

そんなルールは聞いていない~就業規則の有効性と周知義務~

「ある」と聞いていた退職金が実はなかった~求人票の記載と退職金規定~

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