懲戒解雇が行われた場合に、退職金の不支給を定めている会社は少なくありません。
もっとも、そのように定められていたとしても、当然に退職金の全額不支給が認められるというわけではありません。
退職金は、これまで働いてきたことによる賃金の後払いとしての性質があることから、その点を踏まえても不支給とすることが相当なほどの背信性が必要となるのです。
この点に関する具体例として、東京高裁平成15年12月11日東京高裁判決を取り上げます。
これは、電鉄会社の職員が電車内で痴漢行為を行ったことを理由に懲戒解雇をされ、退職金が支給されなかったという事例です。
永年の功績を抹消してしまうほどの重大な不信行為
裁判所は、退職金には、功労報償的な性格と賃金の後払い的な性格、さらには、従業員の退職後の生活保障という意味合いがあるとしたうえで、賃金の後払い的要素の強い退職金についてその退職金全額を不支給とするには、それが
「当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要」
としました。
また、特に、会社と直接関係のない職務外の非違行為を理由に不支給するには、会社の名誉信用を著しく害し,会社に無視しえないような現実的損害を生じさせるなど、「会社に対する直接の背信犯罪行為(例えば、業務上の横領や背任など)に匹敵するような強度な背信性」が必要となるとしています。
3割支給
その上でこのケースでは
① 懲戒解雇の理由となった行為が悪質なもので、犯情が軽微とは言えないこと
② これまで過去3度にわたり痴漢行為で検挙され、本件の約半年前にも痴漢行為で逮捕され罰金刑を受けていたこと(その際は昇給停止及び降職処分を受け、やり直しの機会を与えられたにも関わらず同種行為を繰り返したこと)
③ 痴漢行為を率先して防止撲滅すべき電鉄会社の社員であったこと
を指摘し、「このような面だけをみれば、控訴人の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があったと評価する余地もないではない」としながらも、
④ 会社の業務自体とは関係なくなされた私生活上の行為であること
⑤ 報道等によって会社の社会的評価や信用の低下や毀損が現実に生じたわけではないこと
⑥ 会社において過去に退職金が一部支給された事例がいずれも業務上の横領行為という会社に対する直接の背信行為であること
⑦ 20年間の勤務態度は非常にまじめで、自己の職務上の能力を高める努力をしていたこと
といった点を指摘し、退職金を全額不支給と出来るような相当強度な背信性を持つ行為とまでは言えず、ただし、相当の不信行為であることは否定できないため、3割のみを支給するのが相当と判断しました。
(3割という支給割合を決めるにあたっては、過去の当該会社における割合的な支給事例との均衡が重視されています)
実は1審の東京地裁判決では、全額不支給が相当と判断されており、これを見ても分かるように、「永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があるかどうか」というのは非常に微妙な判断でどちらに転んでもおかしくないような事例ですが、とりわけ私生活上の非違行為を理由とする退職金不支給に対する考え方として非常に参考になります。
逆に、退職金不支給が有効と認められた例を知りたい方は、こちらをご覧ください。
⇒出張旅費の不正受給で懲戒解雇|退職金全額不支給も有効とされた裁判例
退職金トラブルでお困りの方へ
退職金トラブルでどう対応すべきかは、具体的な事情によっても変わってきます。ご自身の状況に照らして、今何をすべきかを知りたい方は、一人で悩まず弁護士にご相談ください。
⇒労働相談@名古屋の詳細を見てみる
次に読むと理解が深まる記事
- 退職金の不支給が争われた他の例を知りたい方は、こちら。
⇒解雇・懲戒解雇時の退職金の不支給・減額は有効?|裁判例で見る判断基準
- 会社が中退共を利用している場合に、その返還請求が認められるかという問題あります。
⇒退職後の競業避止義務違反を理由に、中退共による退職金の返還を請求できるか
- そもそも懲戒解雇はどのようなときに許されるのかについて知りたい方は、こちら。
⇒懲戒解雇されそうなときに知っておきたい法律知識と今すぐできる対処法
解雇の効力が争われた具体的な事例を知りたい方へ
「解雇されてしまった」「解雇されるかもしれない」
そんなとき、今後の行動を考える上では、実際の裁判例で解雇の効力についてどのような判断されているのかを知ることは大変役立ちます。
近年の解雇裁判例を解雇理由等から検索できるようにしました。ご自分のケースに近いものを探して、参考にして頂ければと思います。
⇒他の解雇裁判例を見てみる















