基本情報
1 判決日と裁判所
・平成31年4月26日
・東京地裁
2 判決結果
・解雇無効
3 解雇の種類と解雇理由
・普通解雇
・勤務態度不良・協調性欠如/私生活上の非行・犯罪/着服・横領/成績不良・能力不足
私生活上の非行と解雇/暴行行為と解雇
業務と無関係に行われた私生活上の行為は、たとえそれが不適切であっても、本来的には業務や企業秩序に直接影響を与えるものではなく、解雇の理由になるべきものではありません。
もっとも、その内容や労働者の立場によっては、会社の評判を傷つけたり、業務に実害が出ることもあり、そうした場合には、解雇の問題が生じることもあります。
また、上司などへの暴行行為も当然許される行為ではありませんが、それが合理的な解雇事由になるかについては、行為の背景や態様も含めた様々な検討が必要です。
ここでは、解雇理由の一つとして「代表者に対する暴行行為」や「交通反則金の不納付による逮捕」が挙げられた解雇の有効性が争われた事例について見ていきます。
事案の概要
本件で原告となったのは、外国人ファッションモデルの紹介や仲介を行う会社で働いていた労働者です。
原告はもともと、約1年間、この会社の代表取締役を務め、経理と営業を担当していましたが、会計監査の際に会社の現金80万円を自らの鞄に保管していたことの責任を問われ、平取締役に降格されました。
さらにその後、原告は顧問料の過払いと税金支払いの遅延を理由に取締役を退任し、従業員の立場となりました。
なお、原告が代表取締役であった頃から後に解雇されるまで、実質的には、原告ともう一人の共同経営者Aが会社を経営していました。
そのような状況の中、原告は会社の株式譲渡を巡ってAと口論となった後、普通解雇されるに至りました。
解雇事由として会社から主張された事由は多数ありますが、裁判所は、そのうち「無断出張」「経歴詐称」「競業行為」「交通事故の示談金着服」「取引先からの受注代金の回収怠慢」といった事由については、いずれも事実が認められないとしました。
そこで、以下では、その他の解雇事由について裁判所の判断を紹介します。
資金の横領、源泉所得税の納付懈怠、顧問料の過誤払いと解雇
ここで問題とされたのは、原告の次のような行為です。
・他の業務に追われて経理業務が十分に処理できておらず、会計監査の前日時点で帳簿残高と現金残高が一致していなかったことから、その差額80万円を自らの鞄の中に保管していた。
・3年間にわたり毎年各1回、源泉所得税の期限内納付を失念した。
・D、Eとの顧問契約が終了していたにもかかわらず、顧問料合計17万9580円を誤って振り込んだ。
これに対して、裁判所は、次の点を指摘して、これらは合理的な解雇理由となるには疑義があるとしました。
・80万円の保管については、被告会社に実害が発生していないこと。
・顧問料の過誤払いによる損害は、返金を求めないという被告会社の判断も相まって生じているものであること。
・源泉所得税の納付を怠った点については、金銭的損害以外に被告会社の業務内容に関する実質的な損害が生じていないこと。
・原告は、これらの事実について、代表取締役または取締役の地位を辞任する形で責任をとり、経理業務から外れていること。
代表者への暴行行為と解雇事由
原告は、被告会社の代表者Aと口論になった際、Aが座っているソファの前に置かれた机を蹴り、その上にあったノートパソコンや電話機を落下させました。
このような「暴行行為」も解雇理由の一つとされましたが、裁判所は「原告の行為は許されるべきではない」としつつも、以下の点を指摘し、解雇の合理的理由には当たらないと判断しました。
・原告がこのような行為に及んだ背景には、被告会社の株式に関する合意があったにも関わらず真摯な話し合いをしなかった被告会社らにも原因の一端があること。
・行為態様は机を蹴るというものにすぎず、直接身体等に対する攻撃を加えるものではないことからすれば、軽微な部類と評価できること
交通反則金の不納付による逮捕について
原告は、解雇前に、交通反則金の不納付を理由として被告会社の社屋内で逮捕され、その日の夜まで身柄拘束をされました。被告会社は、この出来事も解雇理由の一つとしてあげました。
しかし、裁判所は、原告の行為は「道路交通法規に対する遵法精神に欠ける行為ではある」としつつも、次の点を指摘して、解雇の合理的理由となることを否定しています。
・原告が逮捕による身体拘束を受けていた時間は1日にも満たないこと
・これにより具体的に被告会社の業務に回復困難な損害を与えたといった事情も認められないこと
・原告の業務遂行状況や被告会社の原告に対する指導状況等の諸般の事情を考慮すると、交通反則金の不納付による逮捕をことさらに重く見ることは社会通念に照らし、適切であるとは評価できないこと
解雇は無効
以上により、裁判所は本件解雇は無効であると判断しました。
「逮捕」あるいは「暴行」というと、何となくのイメージから「クビやむなし」と思われるかもしれませんが、そうではないという点は注意が必要です。