事案の概要
原告は、病院を運営する法人において、脳神経外科を専門とする医師として勤務していたが、「患者の家族に対して、他の医師が行った医療行為の問題を告発する内容の事実に反する匿名の文書を送付し、患者及び患者家族に極度の不安を抱かせ、同僚医師及び病院の社会的信頼・信用を著しく毀損した」などとして、普通解雇された。
なお、患者家族に送付された文書は2通あり、「患者が胚腫を再発したのは主治医が放射線治療を失念したからである」との内容及び「主治医が、紹介先への情報提供書に、放射線治療を行わなかったのは患者家族の意思を尊重したからであるとの虚偽の理由を記載した」との内容がそれぞれ記載されていた。
原告は、当該文書を送付したのは原告ではない等として解雇の有効性を争い、提訴した。
裁判所の判断
(1)文書の送付者について
- 本件各手紙を記載するための医学的知見を有し、かつ、本件患者の診療情報を入手することができた人物が原告に限られること、診療情報提供書の内容を閲覧し、かつこれが削除された事実を知り得たのは原告以外にはいないこと、本件各手紙の記載内容及び記載方法が原告の言動と整合すること等を総合考慮すると、本件各手紙を作成・送付したのは原告であると合理的に推認できる。
(2)客観的合理的理由
・医療過誤にも該当しうる不適切な医療行為があった旨を指摘する内容の文書を、病院関係者を名乗り患者及び患者家族に送付する行為は、内容の真偽に関わらず、病院の信用を失墜させる極めて重大な背信行為である。
・仮に診療行為に不適切な点があったとしても、所定の手続きに則って病院の管理者に情報提供し、病院における調査に委ねるとともに、病院をして患者側に情報提供を行わせることによって問題の是正を図るべきであり、本件各手紙を患者の家族に直接送付した行為は、内容の真偽に関わらず、雇用契約上の重大な義務違反である。
・したがって、かかる行為は就業規則の懲戒解雇事由のうち「業務の遂行を故意に阻害する行為をしたとき」「業務上の命令又は指示に反抗し、職場の秩序を乱したとき」「病院の信用を失墜し、又は職員としての体面を汚したとき」「故意又は重大な過失により病院に有形又は無形の損害を与えたとき」「職務上の義務に違反し、又は職務を怠ったとき」に該当し、これを理由とする普通解雇には客観的合理的理由がある。
(2)社会的相当性
・本件各送付行為は、患者及び患者家族を不安に陥らせ、病院の信用を失墜させる程度が甚だしい悪質なものであり、解雇をもって臨むのはやむを得ない。
・病院は必要な範囲で関係者の聴取及び調査を行った結果、文書の送付者を原告と判断し、嫌疑を告げた上で弁明の機会を付与し、弁明書の提出を踏まえて普通解雇の判断をしたものであり、解雇に至る手続きに不相当な点は認められない。
・したがって、本件解雇は社会通念上相当なものとして是認することができる。
・以上より、本件解雇は有効である。