第3章 不当な解雇に対して何ができるのかを知る

ここまで、解雇を巡る基礎知識を押さえた上で(第1章)、どのような場合に解雇が許されるのか(第2章)という点について見てきました。

ここからは、いよいよ、許されない解雇が行われた場合に、これに対して何ができるのかという点について見ていきます。

目次

1 何を請求できるのか

まずは理屈の面から、何を主張できるのかについて整理します。

おさらいになりますが、解雇が無効となる場合、法律的には解雇がなかったのと同じです。

したがって、この場合、労働者としての地位はもとのまま残っていますし、本来であれば、従前どおり働き続けることができるはずです。

ところが、解雇を主張している会社は、あなたが従前どおり働き続けることを認めてくれません。

そこで、「解雇が無効であることを認め、従前どおり働くことを認めてほしい」というのが、解雇を争うときに、会社に対して求めていく第一の主張になります。

次に、解雇されると労働者は働くことが出来ませんが、このように労働者が働けないのは会社が不当な解雇に固執して労働者が働くことを拒んでいるからです。

したがって、会社が解雇を主張して労働者が働くことを拒んでいる間は、労働者は、たとえ働いていなくても給料を全額請求することができます

つまり、会社に対しては、「従前どおり働くことを認めてほしい」という主張とあわせて、働くことのできていない期間について給料を支払うように請求することになります。給与の支払いが遅れた分については、遅延損害金の請求もできます。

このように、不当解雇をされた場合に、労働者が主張できる原則的な請求内容は「労働者としての地位を認めよ」「給料を全額支払え」ということになるのです。

2 金銭的な補償のみを求めたいという場合はどうするか

もっとも、不当解雇された方の中には、「こんなひどい会社はもうこりごりだから、労働者としての地位も認めてもらわなくて良いし、給料もいらない。慰謝料だけもらえれば良い」という方もいます。

会社から不当な解雇をされた場合、怒りも湧いてくるでしょうし、大変な苦痛や不安を感じます。そのため「許せない!慰謝料請求だ!」となるのは自然な気持ちだと思います。

しかし、気をつけなければならないのは、現在の裁判実務では、単に「解雇に理由がなかった」ということだけでは慰謝料請求を認めていないという点です。

不当な解雇、言い換えれば、理由のない解雇については、法律上、無効とされていますが、解雇が無効というだけでは慰謝料請求は認められないのです。

慰謝料請求が認められるためには、解雇が無効というだけではなく、解雇がされた経緯や、解雇が無効と判断された事情等を踏まえて、個別具体的に、「慰謝料請求が認められるだけの違法性」があることが必要となります。

つまり、解雇が無効かどうかの判断基準よりも、慰謝料請求が認められるかどうかのハードルの方が高く、慰謝料請求をする場合にはハードルが上がってしまうのです。

また、慰謝料が認められる場合でも、その金額は数十万円から高くて100万円程度で、おそらく一般の方が思われているほど高額なものにはなりません。

そうすると、最初から慰謝料請求だけに絞って請求をしていくというのはあまり得策とは言えません。

では、「もう会社には戻りたくない。金銭的な補償だけ得たい」という人はどうすれば良いでしょうか。

オーソドックスな方法としては原則どおり「労働者としての地位を認めよ」「給料を全額支払え」という主張をしつつ、その過程での交渉を通じて「解決金」という形で金銭的補償を得ることを目指す方法があります。

このような交渉は、裁判外での示談交渉でももちろん可能ですし、後で説明する労働審判という手続きを利用しつつ行うこともできます。

なお、この方針の弱点は、会社が「どうせ復職はしないだろう」と見越して、解雇を撤回し「復職して下さい」と言い始めたときに、やや困るという点にあります。(ただし、会社も実際に復職されると困る場合には、そう簡単に解雇を撤回できないのが実情です)

そのため、100%復職は考えられないという場合は、こうしたリスクも考慮した上で選択する必要がありますが、一般的には、選択肢を広く持っておく観点からも、交渉上有利に立つためにも、原則通り「労働者としての地位を認めよ」「給料を全額支払え」という主張から始めるのが得策といえます。

3 解決金の相場はどの程度か

退職を受け入れて金銭的な補償を得ることを目指す場合に知りたいのが「解決金の相場はどの程度なのか」という点だと思います。

この点については、解雇事由の内容や経緯、勤務期間や解雇後の事情、さらには会社の規模や支払い能力も含めた様々な事情によって変わってくるため、一概に言うのは本当に難しいのですが、おおよその相場を知って頂くためにあえて言えば、解雇が無効であることを前提とした解決金の一つの目安が「給与の6ヶ月分~1年分程度」です。

もちろん解雇の効力が認められる可能性がある場合には、これより解決水準は下がってきますし、どの段階での交渉か(裁判前の交渉か、裁判を起こした後での交渉か)によっても変わってきますが、いろいろな選択肢を考える上での一つの目安として知って頂ければと思います。

4 どのような手続きを使うのか

どのような請求をするにせよ、問題となるのは、どのような手段(手続き)によって解決を目指すのかです。

ここでまず何よりも知って頂きたいのは、解雇を巡るトラブルを解決する手段は、裁判だけに限られるわけではない、という点です。

弁護士として依頼を受ける場合でも、いきなり裁判にするというケースは少なく、むしろ、特段の手続きは使わないで話し合いでの解決を目指すのが基本です。(これを「示談交渉」といいます)

また、裁判所を使う手続きも、通常のいわゆる「裁判」だけではなく、後でも詳しく説明する「労働審判」という比較的短期間で解決を図ることのできる手続きもあります。

さらに、弁護士費用を使うのはちょっと・・・という方には、行政機関が行っている労働紛争解決のためのあっせん手続きもあります。

解雇を巡るトラブルに遭った方の多くが、「裁判で争うほどのことでもない」と考えて行動を起こすことを躊躇されますが、このように裁判以外にも解決のための選択肢がたくさんあることを知っておくことが、まず大切です。
 
では、それぞれ、もう少し具体的に解雇トラブルを解決する手段について見ていきます。

あっせん手続き

解雇トラブルに遭い、労働基準監督署に相談に行くと、紹介されるのが都道府県労働局が行っている「あっせん手続き」です。

これは、紛争調整委員と呼ばれる労働問題の専門家が間に入って行う話し合いの手続きです。
 
代理人として弁護士をたてなくても本人が気軽にできるため、費用がかからないというのが、この手続きを利用する大きなメリットです。

ただし、あくまでも話し合いの手続きですので、いわゆる強制力はありません。会社が手続きに参加するかどうかも自由ですので、会社が手続きに参加しない場合には、それ以上進まないことなります。

また、自分で説明のための書類や資料を作成したり、口頭で説明をしたりしなければいけませんので、事案が複雑だったり、うまく説明出来るか不安があるという方にとっては負担が大きいかもしれません。

弁護士を代理人とする示談交渉

弁護士を依頼した上で、裁判所を使わずに会社との交渉で解決を目指すのが示談交渉です。

会社の出方がはっきりしない段階では、いきなり裁判を起こすよりも、まずは交渉をしてみて会社の出方を探るというのが,弁護士からすると最初に考える選択肢です。

具体的には、内容証明等を会社に送り、あなたの代理人として弁護士が会社との間で交渉を行います。会社の側にも弁護士が立てば、弁護士間でのやりとりになります。

弁護士が窓口となることによって、あなたの本気度を示すことができ、通常は、会社もだんまりを決め込むわけにも行かず対応を迫られる展開を期待できます。また,弁護士を窓口とすることで会社と直接やりとりをするストレスは大きく減ります。

もっとも、これも「話し合い」であることには変わりありません。したがって、会社があくまでも、「話し合いには応じない」という強硬な態度をとる場合には、示談交渉だけで解決を実現することは困難な場合もあります。

労働審判手続き

示談交渉を試みても解決がつかない場合や、会社の態度がはっきりしていて交渉をしても無駄と最初から見通せる場合には、裁判所を利用する手続きを考えます。

既にご説明したように、裁判所を利用する手続きには、皆さんがイメージされるような長い期間のかかる本格的な「裁判」だけではなく、「労働審判」といって労働紛争を迅速に解決することを目的にして作られた解決制度もあります。

ここでは、一般の方にとってはあまり耳慣れないと思われる「労働審判」について見ていきたいと思います。

スピード解決を目指す手続き

労働審判とは、裁判所で行われる紛争解決手続きの一つで、個々の従業員と会社との間で生じた労働紛争(個別労使紛争)を解決するために作られた手続きです。

裁判所を利用した紛争解決手続きとして、他には、いわゆる通常の裁判(訴訟)があります。近年、訴訟で結論が出るまでに必要となる期間は相当短縮されてきていますが、それでも解決までには一定の期間を要します。

これに対して、労働審判は、原則として3回以内の期日で結論を出すことになっており、通常裁判と比べて解決までのスピードが速いのが大きな特徴です。

また、先に採り上げた「あっせん手続き」との大きな違いは、労働審判の場合、話し合いがまとまらない場合に「審判」という形で、一定の結論が示されるという点です。

あっせん手続きの場合には、あくまでも話し合いの手続きですので、話し合いがまとまらなければ不成立ということで終了してしまいます。これに対して労働審判の場合、話し合いがまとまらなくても「審判」が出され、双方に異議がなければ、それが結論となるのです。

「審判」に対して異議が出された場合には、自動的に通常裁判に移行しますが、審判は裁判所の考え方を示すもので通常裁判でどのような結論になるのかを一定見通すことができます。そのため、異議が出されて通常の裁判までもつれ込むケースは比較的少ないのが現状です。

労働審判の対象となる事件

労働審判の対象となる事件は、制度上、一定の限定がされています。

まず、労働審判は、労働紛争の解決のための手続きですので、労働紛争とはいえない一般の紛争の解決(例えば、事業者同士の争いなど)には利用できません。

また、労働審判は「個別」労使紛争を扱う手続きですので、労働組合と会社との間の紛争(団体的労使紛争)の解決には利用できません。

さらに、労働審判は「労使」紛争を扱う手続きですので、例えば、上司からパワハラやセクハラを受けたという場合に、その上司個人を相手にして申し立てることも出来ません。(ただし、パワハラやセクハラの紛争でも、これを放置した会社の責任を問うという場合は可能です)

このような条件を満たすのであれば、広く利用することが出来ます。

例えば、解雇や雇い止めを巡る争い、退職を巡る争い、労災を巡る争い、未払い残業代等給料を巡る争いなどです。

ただし、このような制度上の限定以上に重要なのは、原則として3回以内の期日で結論を出す手続きであることから、このような解決にふさわしい事案かどうかという観点からの選別です。

例えば、事実関係があまりにも複雑な事案は労働審判には適さないといえます。(通常の裁判を選ぶべきか、労働審判を選ぶべきかの判断基準については後でも触れます)

労働審判員について

労働審判手続きは、裁判官1名と労働審判員2名によって構成される労働審判委員会によって審理がされます。

労働審判員とは、「労働関係に関する専門的な知識経験を有する者」という基準で最高裁判所から任命された方々です。

実際には、使用者側の労働審判員については日本経済団体連合会(日経連)が、労働者側の労働審判員については、日本労働組合総連合会(連合)が、それぞれふさわしい候補者を推薦し、これを最高裁判所が任命しています。

具体的には企業内で労務分野に携わってこられた方や労働組合で活動をされてきた方が労働審判員になっています。

労働審判員2名のうち、1名は使用者側の労働審判員、1名は労働者側の労働審判員が担当します。

労働審判を選ぶか通常裁判を選ぶか

労働審判は解決までのスピードが速い半面、どうしても話し合いによる解決の要素が強くなるため、あまりに複雑な事件、徹底的に双方の主張が対立し妥協の余地がないような事案には向いていません。

そのような案件の場合、仮に労働審判を選択しても、審判が出された後に異議が出されれば通常の訴訟に移行してしまいますので、それならば最初から通常の裁判を選択した方が話が早いとも言えます。

もっとも、労働審判の審理は口頭での質疑応答などが活発に行われるため、訴訟の場で行われる証人尋問手続きのような「構えた」手続きでは出てこないような事実が、ポロっと出てきてしまうということもあります。

そういった意味で、訴訟に移行する可能性が高いという場合も、いったん労働審判で「前哨戦」をやっておくことに意味がある場合もああります。

したがって、決して単純に言えるわけではありませんが、ごくおおざっぱにいってしまえば、スピードを重視するか(労働審判)、徹底的にやりあうことを重視するか(通常裁判)というような判断枠組みになります。

どの手続きがふさわしいのか

ここまで、解決のための手続き(手段)として、あっせん手続きや、弁護士を代理人とした示談交渉、そして、労働審判、通常裁判について見てきました。

選択肢としては色々あるなかで、もし何か行動を起こすなら、どの手続きがふさわしいのかが問題になりますが、その際に、まず考えて頂きたいのは、今の会社で働き続けたい気持ちがあるか、ないか、あるとして、どれくらいあるか、ということです。

人によっては、「もうこんなところで働き続けるつもりはない。ただ、泣き寝入りするのは嫌。お金自体が目的ではないけれど、きちんと責任をとってもらいたい。その意味で金銭的な補償が欲しい」という方もいます。

逆に、「解雇を受け入れて退職すること自体嫌だから、絶対に今の会社で働き続けたい」という人もいます。

もちろん、100かゼロかではなく、この両方の気持ちがある場合もあります。(むしろ、それが普通です)

両方の気持ちがある場合には、どちらの気持ちがどの程度強いのかもよく考えて頂く必要があります。

どんな解決をあなたが真に望んでいるのかによって、とるべき選択肢は変わってきます。

今の会社で元通りに働きたい、あるいは、その気持ちの方がより強いという場合には、あっせん手続きや裁判外での示談交渉によって、その希望を実現することは率直にいってなかなか困難です。

社長が気まぐれで突発的に解雇を口にしたという場合であれば、弁護士をたてて正面から争う姿勢を示すだけで、解雇撤回という道が開けることもあります。

しかし、ある程度、考慮・準備した上で解雇が行われたような場合には、単に「あっせんを申し立てられたから」「弁護士が出てきたから」ということだけで、会社が解雇を撤回するようなことはあまり期待出来ません。

したがって、今の会社で元通りに働きたい気持ちが強いというのであれば、少なくとも裁判所を使う手続きを考える必要があります。

これに対して、退職を前提に金銭的な補償を求める気持ちが強いという場合は、弁護士を代理人としての示談交渉、(あるいは、裁判所を使う場合でも労働審判手続き)が有力な選択肢になってきます。

あっせん手続きについては、解決水準にこだわらず、とにかく費用をかけずにノーリスクでやりたいというのであれば有力な選択肢になってきます。

いずれにしても、繰り返しになりますが、選択肢を考えるに当たって出発点となるのは「今の会社で働き続けたい気持ちがあるか、ないか。あるとして、どれくらいあるか」というあなた自身の気持ちです。自分は、この先の人生で一体何を求めているのかという自分自身の心をよく見つめてみる必要があります。

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