ITエンジニアに対する成績不良・能力不足を理由とする普通解雇が無効と判断された事例

基本情報

1 判決日と裁判所
 ・平成31年2月27日
 ・東京地裁

2 判決結果
 ・解雇無効

3 解雇の種類と解雇理由
 ・普通解雇
 ・成績不良・能力不足

成績不良と解雇

成績不良や能力不足が解雇の理由とされる場合、たとえ成績不良や能力不足が認められるとしても、指導や教育によって改善を図る余地がないか、または配置転換などによって解雇を回避できる可能性がないかが問題となります。

解雇は最後の手段であることから、こうした点が問題となるのです。

職務内容や会社の規模などによって、求められる指導教育や解雇回避措置の内容も変わってきますが、ここでは比較的大規模な会社におけるITエンジニアに対する解雇が争われたケースについて見ていきます。

事案の概要

この事案では、通信ネットワークシステムなどの企画、研究、開発、設計などを行う会社で、プロジェクト・コーディネーターとしてアプリケーション導入プロジェクト業務に従事していた労働者に対する解雇の効力が争われました。

解雇理由の一つが「業務成績不良」で、具体的には以下のような行為や状態が問題とされました。

・下請業者に対する折衝の指示をしなかったため、上司がフォローすることがあった。

・仕様書や手順書を自ら作成せず、下請業者に委託業務外であった仕様書、手順書を作成させた。

・手順書が未完成にもかかわらず、上司に対してこれと異なる進捗状況の報告をした。

・コスト削減業務を遂行する過程で、指示に反して、事前の相談をせずに他部署の従業員からヒアリングを行おうとして対人トラブルを惹起したり、コスト削減業務の意義や必要性自体にも疑問を投げかけるような責任感に欠ける言動に及んだりした上で、結局、コスト削減目標の期限までにコスト削減ができず、報告書においてコスト削減の具体的な方策すら提示することができていなかった。

「業務成績不良」についての裁判所の評価・判断

裁判所は、以下のように述べて業務成績の不良を認めました。

・原告は、その等級(非管理職の中で最も高い等級)の従業員に求められていた役割である下請業者を統括する役割を果たしていないばかりか、同等級に求められる能力である計画・組織化、リード・コーチング、分析力を欠いていることを露呈したということができ、プロジェクト・コーディネーターの役職に伴うプロジェクトの責任者としての職責からしても相当の問題がある。

・原告にはその職位に照らして職務遂行上必要とされる能力等が不足しており、このため期待された職務を適正に遂行することができず、その業務成績は客観的にみて不良であるとの評価を免れない。

・被告に雇用されていた4年間のうちの2年間はいずれも最低評価(下位5%)を受けていることも併せて考慮すれば、能力等の不足は、解雇を検討すべき客観的な事情として一応認められる

業務成績改善の可能性について

その上で、問題となったのが業務成績の改善可能性についてです。

裁判所は、以下の点を挙げ、業務改善の可能性があるとしました。

・原告は、別件プロジェクトを参考にしながら、本件プロジェクトの全体計画の要旨を策定する等の一定の作業は行っており、上長や補助者による少なくない助力を得ながら、結果としては、本件プロジェクトの当初設定された目標を達成している。

上長は、本件プロジェクト実施期間中、原告に対して特段の注意などもすることなく、目標達成という結果に着目して、改善対象であったプロジェクト・マネージメントスキルについては改善傾向にあると判断して、2回目の業務改善指導計画を成功と判定している。

・原告は、平成24年の業績評価は最低評価であったが、その翌年には一段階評価が上がって最低評価から脱しており、過去に業務改善指導計画の実施により業績が改善した実績があるとみることができる。

・これらの事情を考慮すれば、原告に対して等による指導を施すことによって、その業務成績を改善する余地がないとはいえない

また、裁判所は、配置転換等によってその適性や能力に合った業務内容に変更したり、あるいは、職務等級(降級)や役職の引き下げを行って職務の難易度を下げたりするなどの措置を執った場合には、原告の業務成績が向上する可能性があったことを否定することができない、とも述べています。

そのように判断する理由として指摘しているのは、次のような点です。

・原告が従事したコスト削減業務やその目標額は、標準的な従業員を基準にしても必ずしも容易であったとはいえないこと

・原告はコスト削減業務ないしこれに類する業務に従事したことはなく、所定の期限内に目標額を達成できなくともやむを得ない面がないとはいえないこと

過去に業務改善指導計画により業績評価が改善した実績があること

その他に、裁判所は、次のような点も考慮して、原告は、その業務成績は不良であるものの、改善指導によって是正し難い程度にまで達していると認めることはできないと結論付けました。

・原告がこれまでの業績評価についても2回は最低評価を免れていること

・平成26年以前の業績評価は相対評価であって同年以前の2回の最低評価から直ちに解雇に値する重大な能力不足が推認されるわけではないこと

・平成25年までは業績評価に関与した直属の上司らから改善点の指摘が多いながらも肯定的な評価を受けている箇所も散見されること

・被告に貢献しようとする一応の意欲がみられること

・業務成績不良等を原因とするものも含めてこれまで懲戒処分を受けたことはないこと

解雇回避措置について

その上で、裁判所は、次のような点を指摘して、会社は、本件解雇に先立って、業務改善指導を行うとともに、原告の能力、適性等に鑑みて配置転換を検討、実施する必要があったとしました。

・被告が人的規模の比較的大きい会社であること

・本件雇用契約において職務の内容を限定する旨の定めはないこと

・本件雇用契約締結の経緯をみても原告に一定の高度な職務遂行能力が備わっていることが当然の前提とされているとも解されないこと

・被告は原告に対して2回配置転換を実施していること

また、能力不足の程度によっては、配置転換だけでは業績改善に至らないことも十分想定されるが、そのような場合には、職務等級(降級)や役職の引き下げを検討ないし実施して、業績改善を試みる必要があるとも述べています。

この事案では、その他に業務成績不良以外の解雇事由もいくつか主張されていましたが、いずれも解雇事由には当らないとして、本件解雇は無効と結論付けられています。

業務改善の可能性や解雇回避措置についての裁判所の判断は、「厳しい」と感じる方もいるかもしれません。しかし、評価の表面的な部分だけでなく、実際に行われた改善指導の内容や結果も詳細に検討した上で、厳格な判断がなされていることが分かるかと思います。

また、配置転換の可能性については、会社の規模などに大きく左右される部分がありますが、この点も含め、解雇が最後の手段であるという考え方が具体的にどのように適用されているのかを知るための参考になると思います。

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