基本情報
1 判決日と裁判所
・平成31年3月19日
・大阪地裁
2 判決結果
・解雇無効
3 解雇の種類と解雇理由
・懲戒解雇
・業務命令違反/私生活上の非行・犯罪
塾生との私的交際と解雇
塾講師が塾生との私的なやりとりをすることを禁じている塾や予備校は多いと思います。
業務外の行動であっても、業務自体や職場の信用等に関わる場合があることから、労働者が一定の制約を受けることはあります。また、これを理由とした解雇もありえます。
では、塾講師が、塾生との私的交流を禁止されていたのに、塾生とメールのやりとりをしたり、塾生が卒業した後に交際をしたことを理由に懲戒解雇されたのは有効か。そんなことが争われた裁判例を見てみます。
裁判所が認定した事実
裁判所の認定によると、当該塾では、塾講師に対し、塾生とメール等のやりとりを行うことや個人的な交際を行うことを禁止していました。
しかし、原告は、塾生A(当時中学3年生)から、「両親にメールを監視されている、フライパンやラケットを使って暴力を加えられたり、肌が露出しない場所にけがをさせられている」旨の相談を受けたことから、緊急連絡先として、また両親によるメール監視の真偽の確認のため自分自身の携帯電話のメールアドレスを教えました。
そして、その後Aが中学生の間に数回程度メールのやり取りを行いました。
その約5年後、原告は、大学に合格したAからの連絡をきっかけに連絡を密にとるようになり、性的関係を持つようになりました。
これらの事実が発覚した後、原告は「会社の内外を問わず素行不良で風紀秩序を乱し、あるいは不正の言動で会社の名誉を傷つけ、または他人に重大な迷惑を及ぼしたとき」に該当するとして懲戒解雇されるに至ったのです。
裁判所の評価・判断
裁判所は、自身の携帯電話のメールアドレスを教えた原告の行為について、
原告の行為は、被告の指示に反したといえるし、適切な行為であったとはいいがたい。もっとも、Aの相談内容を踏まえれば、講師として当該塾生の相談を聞き流すことなく親身に対応したものといえ、汲むべき事情はあったと評価できる。
としました。
また、5年後に、原告が、大学に合格したAからの連絡をきっかけに連絡を密にとるようになり、性的関係を持つようになった点については、この時点でAが19歳となっており、刑事法上の何らかの責任を問われる得るものではないことを指摘した上で、
Aは既に被告の塾生ではないから、かつて原告がAにメールアドレスを教えたことが遠因になったことを踏まえても、被告の業務上の指示に反するものとはいえない。
としました。
また、本件で塾運営会社が「懲戒解雇」という強い手段に出た背景として、Aが原告宅に家出したことにより、塾運営会社がAの両親から強い抗議を複数回にわたって受けるとともに、その対応のために長時間を割くことを余儀なくされたという背景がありましたが、この点についても
かかる事態は、本来当事者間で解決すべき問題を原告の勤務先に持ち込むというAの両親の対応の異常さによるものであり、原告のみに帰責すべき問題とはいえない。
としました。
さらに、Aを自宅に帰すようにという上司の指示に原告が従わなかったという事情もありましたが、これについても
両親から日常的に殴打されている等のAからの訴えの内容を踏まえればやむを得ぬ選択といえる。
として理解を示し、本件により被告のブランドイメージが損なわれたと認めるに足りる証拠はないとも述べました。
結局、裁判所は
「会社の内外を問わず素行不良で風紀秩序を乱し、あるいは不正の言動で会社の名誉を傷つけ、または他人に重大な迷惑を及ぼしたとき」に該当するとは言えない。
仮にこれに該当するとしても、原告からの自主的な退職の申出に応ずることなく原告を懲戒解雇することは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められない。
として、本件懲戒解雇について、無効と結論付けました。
「私的交流」といっても一定の背景事情がある中での出来事であったことや、親密な関係になった時点では塾生ではなく、年齢も19歳になっていたといった事情があったという点に注意が必要ですが、こうしたケースの一つの参考となる事例といえます。