退職後の競業避止義務違反が問題となる場面では、あわせて秘密保持義務違反もよく問題となります。
例えば、競業避止の誓約書を会社に提出する場合には、通常、競業避止義務とともに秘密保持義務についても定められており、この二つの義務は、後者(秘密保持義務)を担保するために前者(競業避止義務)を定めるという関係にたちます。
このように労働者が退職後も秘密保持義務を負う旨の合意をした場合にどのような効力が認められるのかについて、いくつかの裁判例をもとに見ていきたいと思います。
(なお、このような合意がない場合も不正競争防止法との関係で営業秘密の開示や使用が問題となる場合があります。参考≫不正競争防止法における営業秘密とは何か)
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職業選択の自由の保障の観点からの制約
確かに,企業にとって客観的財産価値があるような営業秘密を守るという観点から、労働者に対して退職後も秘密保持義務を負わせる必要がある場合があることは否定出来ません。
しかし、他方で、退職後の競業避止義務でも触れましたが、労働者には本来、職業選択の自由や営業の自由が保障されており、退職後の秘密保持義務を無限定に認めると、これらの自由に対する不当な制約となってしまいます。
そこで、退職後の秘密保持義務が問題となった裁判例では、会社と労働者との間で退職後も秘密保持義務を負う旨の合意をすること自体は許されるとしても、無限定に有効になるわけではなく、職業選択の自由、営業の自由の保障の観点から一定の制約がされる、という形で両者のバランスをとる判断がなされています。
例えば、清掃用品等のレンタルを行う会社が元従業員に対して秘密保持義務違反や競業避止義務違反に基づいて損害賠償請求をした事案(平成14年8月30日東京地裁判決)では、
- 退職後の秘密保持義務を広く容認するときは、労働者の職業選択又は営業の自由を不当に制限することになる
- (他方)使用者にとって営業秘密が重要な価値を有し、労働契約終了後も一定の範囲で営業秘密保持義務を存続させることが、労働契約関係を成立、維持させる上で不可欠の前提でもある
- (したがって)労働契約終了後も一定の範囲で秘密保持義務を負担させる旨の合意は、その秘密の性質・範囲、価値、当事者(労働者)の退職前の地位に照らし、合理性が認められるときは,公序良俗に反せず無効とはいえないと解するのが相当である
との一般論が示されています。
また、別荘販売等を営む会社が元従業員に対して秘密保持義務違反に基づく損害賠償を求めた平成29年3月14日大阪地裁判決でも
- 使用者の営業秘密が重要なものである場合は、使用者の存続のためにも労働者の退職後であっても、秘密保持義務を存続させることが必要な場合がある
- 他方で、労働者の退職後も秘密保持義務を存続させることとすれば、その内容によっては,必然的に、労働者が競業行為を行うことを制限することになる
- (そして)一般に、退職した労働者は、在職中に得た知識・経験等を活用して新たな職に就くことも珍しくないことからすれば、秘密保持義務を存続させることは、労働者の職業選択の自由又は営業の自由を制限することとなる。
- (したがって)いかなる内容であっても、秘密保持義務を負わせることができるものではなく、労働者に退職後にも秘密保持義務を負わせるには、その営業秘密の内容・重要性、競業制限の必要性や範囲(期間、地域)、労働者の退職前の地位や、代償措置の有無等を総合考慮し、秘密保持義務の内容が、合理的な範囲内にあることが必要である
と述べられています。
合理性の判断
もっとも一般論としては上記のとおりであるとしても、具体的にどのような場合に合理性があるといえ、またどのような場合に合理性がないことになるのかが問題です。
合理性が肯定された例
例えば、上記で採り上げた平成14年8月30日東京地裁判決のケースでは、裁判所は
- 誓約書では、秘密保持の対象とされている秘密について、「特に『顧客の名簿及び取引内容に関わる事項』並びに『製品の製造過程,価格等に関わる事項』」という例示もされるなど秘密の範囲が無限定であるとはいえないこと
- 会社の「『顧客の名簿及び取引内容に関わる事項』並びに『製品の製造過程,価格等に関わる事項』」は,マット・モップ等の個別レンタル契約を経営基盤の一つにおいている会社にとっては,経営の根幹に関わる重要な情報であること
- 他方、元従業員は、役員ではなかったけれども、当該県内のレンタル商品の配達、回収等の営業の最前線におり、「『顧客の名簿及び取引内容に関わる事項』並びに『製品の製造過程,価格等に関わる事項』」の内容を熟知し、その利用方法・重要性を十分認識している者であったこと
等の事情を指摘した上で、本件誓約書の定める秘密保持義務は合理性があるという判断をしています。
合理性が否定された例
他方、上記の平成29年3月14日大阪地裁判決のケースでは、ある顧客が会社に対して物件の売買の仲介依頼をした事実が秘密情報に当たり、それを漏洩したとして問題にされましたが、裁判所は
- 当該顧客は、継続的な取引関係にあって現実に会社に利益をもたらしていた顧客であったとまではいえないこと
- 会社において、このような顧客について、従業員であっても一部の者しかみることができないような措置が講じられていなかったこと
- (したがって)当該顧客に関する情報は、会社にとって営業秘密としての重要性が低いといえること
- 元従業員は役職者ではなかったこと
- 競業を禁止することについて代償措置が設けられていないこと
等を指摘した上で、このような顧客に関する情報まで秘密保持義務の対象に含まれるとするのは合理性が認められないと結論づけています。
合理性の有無がどのように判断されるかをイメージする上で参考にして頂ければと思います。