基本情報
1 判決日と裁判所
・平成31年1月31日
・東京地裁
2 判決結果
・解雇有効
3 解雇の種類と解雇理由
・懲戒解雇
・経歴詐称
氏名や年齢の詐称と解雇
入社にあたって経歴を詐称していたことが後で発覚し、解雇が問題となるケースがあります。
学歴や職歴、犯罪歴等について事実と異なる申告をして入社するようなケースです。
このような経歴は、会社が労働者を採用するにあたっての前提となる事実ですから、事実と異なることが発覚すれば、懲戒解雇の問題になりえます。
もっとも、どのような経歴詐称でも当然に懲戒解雇事由になるというわけではありません。
使用者の労働者に対する信頼関係、企業秩序維持等に重大な影響を与えるものかどうかという観点から、その内容や程度が問題となります。
ここでは、やや変わった例として、氏名や年齢を詐称したことを理由に行われた懲戒解雇の効力が争われた例についてみてみます。
事案の概要
労働者(原告)は、ハローワークでの求人を見て、医師・歯科医師向けの転職、開業、出版等の支援を行う会社に入社しました。求人では、学歴・経験・年齢等について、「不問」と記載されていました。
応募にあたり、原告は、戸籍とは異なる氏名、生年月日を用いました。そして、入社後は、戸籍とは異なる氏名を使用して勤務したのです。
入社後、原告は、総務部、後にPR部に異動して、無遅刻無欠席で勤務していました。
ところが、入社から1年4か月後に、住民税の滞納処分のための照会が自治体から会社宛に行われたことが契機となって、氏名の詐称が発覚するに至りました。
事実が発覚した際、原告は、戸籍とは異なる氏名、生年月日を用いた理由について
「戸籍や住民票等に登録された氏及び生年月日に違和感や嫌悪感を抱くために従前から通称の氏及び生年月日で日常生活を送っている」
「住民票に記載された氏は自分のことであるように感じることはできず、見てもすぐ忘れてしまい、住民票上に記載された人物と自分自身が同一人物なのかどうかも分からなくなることがある」
といった説明を行いました。
また、原告は会社の要請で住民票を提出しましたが、戸籍の開示については拒否しました。
その後、原告は懲戒解雇されるに至りましたが、これに対して解雇の無効を主張して提訴したのです。
この会社の就業規則では、次のような事由が懲戒解雇事由として定められていました。
・労働契約締結時に学歴・職歴・経歴を偽る等、会社の正常な判断を妨げる方法により採用されたとき。
・業務又は身上に関し、事実を秘し、又は偽り、もしくは所定の手続きを怠ったとき。
・会社の経営理念、方針、規定、誓約書、職場の約束事に従わなかったとき。
裁判所の判断
裁判所は
・応募時に称した氏や生年月日を原告が入社以前から対外的に使用していたことを伺わせる客観的な資料がないこと
・原告が、事実が発覚した際に「住民票に記載された人物と自分自身が同一人物なのかどうかも分からなくなる」等の要領の得ない説明をしたこと
・住民票以外に原告が本当の氏や生年月日を示す資料を提示せず、戸籍の開示も拒否したこと
を指摘した上で、原告が、住民票に記載された人物と同一人物である等の説明を行っても、被告会社においては、客観的にはこれを容易に信じることは困難であるとしました。
そして、これを踏まえると、
戸籍や住民票に登録された内容とは異なる氏及び生年月日を申告した行為は、人物の特定・同定という労働契約関係の根幹をなし、使用者と被用者の信頼関係の最低の基盤となる情報につき、自らの勝手な考えに基づき、これを会社に対して秘匿・詐称するもので、その後に原告から何らの合理的説明がされなかったことをも考慮すれば、被告の主張する懲戒事由に明らかに該当する
としました。
さらに、
・原告が被告会社に対して迷惑をかけたとは考えていないこと
・必要がなければ個人情報の開示には応じたくないという理念を振りかざして勝手に開示の必要の有無を決めつけていること
・公的機関と異なり個人情報を必ずしも容易に知り得ない民間企業との間では「誤魔化し」に当たりうることを十分認識しながら本件行為に及び、そのことについて省みることがないこと
といった原告の態度を指摘した上で、これらに照らせば懲戒解雇には客観的に合理的な理由があり、社会通念上の相当性があるものとして有効と結論付けました。
裁判所が指摘するとおり、氏名や生年月日は労働契約の基本に関わる情報です。ただし、これらを詐称したから当然に懲戒解雇が許されるというわけではなく、上でみたように、戸籍とは異なる氏名等を使用した理由や、従前から対外的に使用していたのか、事後の労働者の態度等を総合的に考慮して懲戒解雇の効力について判断されている点は注意すべき点です。