基本情報
1 判決日と裁判所
・平成31年2月5日
・大阪地裁
2 判決結果
・解雇無効
3 解雇の種類と解雇理由
・懲戒解雇/普通解雇
・セクハラ・パワハラ
パワハラ・セクハラと解雇
従業員から会社に対してパワハラ・セクハラの訴えがあった場合に、事実関係に争いがなければ、あとはその評価ということになりますが、加害者とされた労働者がこれを否定するようなときには、果たしてどのように事実を認定するのかという大変難しい問題が生じてきます。
特に、単発的な行為ではなく、一定期間にわたって積み重なった事情があるような場合には、特に明確な証拠がないことも多いことから、事実の認定はさらに難しくなります。
また、一部の事実が認定できる場合も、解雇にまで値するかという評価の問題が出てきます。
会社としてパワハラやセクハラに対して厳正に対処しなければならないという要請はありますが、他方で、解雇が労働者としての地位を失わせるという重大な結果をもたらすことから、「印象」に引きずられない冷静な判断が求められます。
ここでは、パワハラ・セクハラを理由に行われた懲戒解雇及び普通解雇が無効と判断された事例について見てみたいと思います。
事案の概要
事案の舞台となったのは高等学校です。
この学校で、進路指導部長、理科主任教員、普通科クラス担任をしていた教員に対して行われた懲戒解雇及び普通解雇の効力が争われました。
解雇の理由として挙げられたのが、パワハラ行為及びセクハラ行為です。
具体的には次のような行為があったと学校側は主張しました。
①オープンキャンパスにおいて、模擬授業の終了が遅れたところ、ビデオ撮影をしていた他の教員らに対して「遅れるなら、遅れていると言ってもらわないと困る」と大声で叫んだ(以下、「パワハラ行為1」)
②国語科主任教員から、教科会議で話し合う内容についての依頼を書面で出して欲しい旨要望されたのに対して、「何で俺が書いたもん出さんとあかんのか」「国語科の主任として仕事をしていない」「失格だ」などと興奮し大声で怒鳴りつけた。(以下、「パワハラ行為2」)
③原告は合気道部の顧問であったところ、部員であった女子生徒に対して、臀部を触る、20センチ以内に顔を近づける、「彼氏はおるん?」「彼氏とどこまでした?」等の発言をする等合計7項目にわたるセクハラ行為をした。(以下、「セクハラ行為」)
④合気道の部活動中に部員生徒に新技をかけて、右肩から上腕部に腱板損傷の傷害を負わせた。
裁判所の判断
懲戒解雇について
パワハラ行為
学校側は、パワハラ行為1及び2が、就業規則に定められた懲戒解雇事由である「詐欺・窃盗・暴行・脅迫その他これに準ずる行為」に該当すると主張していました。
しかし、裁判所は、
・原告は、他の教諭らに、生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知していないから、原告の言動が「脅迫」に当たるとはいえない。
・(パワハラ行為1及び2のように)大声で怒鳴る行為が、「詐欺」「窃盗」「暴行」「脅迫」といった刑法犯に準ずる行為と認めることもできない。
として、パワハラ行為1及び2は、懲戒解雇事由である「詐欺・窃盗・暴行・脅迫その他これに準ずる行為」に該当しないと結論づけました。
少し補足をしますと、懲戒解雇が認められるためには、まず就業規則に定められた懲戒解雇事由に該当することが大前提として必要となります。
この学校の就業規則には、パワハラ行為を直接念頭においたような懲戒解雇事由がありませんでした。そこで、懲戒解雇事由として規定されている「詐欺・窃盗・暴行・脅迫その他これに準ずる行為」に該当すると解釈して懲戒解雇を行っていたのです。
しかし、裁判所は、上で見たように「詐欺・窃盗・暴行・脅迫その他これに準ずる行為」の意味を文字通りの意味に厳格に捉え、学校側が主張するパワハラ行為がこれに該当するというのは無理があると判断したのです。
セクハラ
次にセクハラについてです。
学校側は、セクハラ行為が就業規則に定められた懲戒解雇事由である「私生活上の違法行為・・・であって、学園の名誉信用を損ない、業務に重大な悪影響を及ぼす行為」に該当すると主張をしていました。
しかし、裁判所は、これに対しても、
学校側が主張しているセクハラ行為は、学校において生徒に対して行ったとされているものであるから、「私生活上の違法行為」には該当しない
としました。
ここでも就業規則に定められた懲戒解雇事由の意味を厳格に判断したのです。
また、裁判所は、懲戒解雇に至る手続きについても言及しています。
実は、就業規則では、解雇の懲戒処分該当者に対しては文書による弁明の機会を与えると規定されていました。しかし、原告に対しては、文書による弁明の機会は与えられていなかったのです。
裁判所は、この点を指摘して、「本件懲戒解雇には就業規則上の手続きを履践せずに行われた瑕疵がある」としました。
そして、以上により、本件懲戒解雇は無効と結論づけたのです。
パワハラやセクハラの訴えがあると、その内容に引きずられて、出発点となる就業規則上の懲戒解雇事由の規定がどうなっているのかや、そこで求められている手続きの検討がおそろかになるケースがありますが、注意が必要です。
普通解雇について
次に、普通解雇の効力についてです。
裁判所は、まずセクハラ行為の被害を受けたとする女子生徒の証言について
①転科を認めさせ留年を回避すべく虚偽の供述を行う動機がないとはいえないこと
②被害内容を記載したというLINEのメモが実際に存在する的確な証拠がないこと
③法廷において、セクハラ行為の時期や状況についてすぐに答えられず、質問者の誘導に従って回答している場面も見受けられたこと
等を踏まえると、全幅の信用を認めることは困難としています。
ここは事実認定の問題ではあるので大変難しいところではありますが、裁判になったときに裁判所がどういう観点から事実を認定するかということを知る上では参考になると思います。
また、原告が女子生徒に傷害を負わせたという主張についても、
女子生徒の負傷が原告から新技を掛けられたためではあるとは認めがたく、仮にそうであるとしても、「傷害」すなわち、故意に暴行を加えて負傷させたとは評価できないし、これによって文化祭の演武への参加に支障が生じたともいえない
としました。
そして、主張されたセクハラ行為の多くについて、そのような事実があったとは認められないか、セクハラ行為とは評価できないとした上で、「後ろ回り受け身の練習をしたある1日に、生徒の補助を行うに際して臀部を触ったことがあった」という限度でのみ事実を認めました。
もっとも、これについても、あくまでも補助を行う際の出来事で故意に性的意図をもって触ったとまで認めることはできないとしています。
さらに、「彼氏はおるん?」「彼氏とどこまでした?」「ちゅーした?」「今日調子悪いけど生理か?」「女の子は子宮に気をつけなあかん」との発言が仮にあったとしても、このような発言と上記2件(負傷の件と、受け身練習の際に臀部を触ったという件)の事実があることをもって、直ちに解雇にまで踏み切ることは、原告が教師という立場にあることを踏まえても、客観的合理的理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められない
として、普通解雇は無効と結論づけました。
当事者で言い分が食い違う中で、事実を認定していくことは大変難しい作業にはなりますが、証拠に基づいて何をどこまで認定できるのかという点を一つ一つ細かく見ていく必要があることがお分かり頂けるかと思います。