基本情報
1 判決日と裁判所
・令和元年6月18日
・大阪地裁
2 判決結果
・解雇無効
3 解雇の種類と解雇理由
・本採用拒否
・成績不良・能力不足/勤務態度不良・協調性欠如
能力不足と解雇
成績不良や能力不足を理由とする解雇が行われる場合、もともとどういう趣旨・経緯で採用が行われたのかが一つの重要な視点になります。単なる会社側の「期待」ではなく、雇用契約の内容として一定の水準が求められていたのかがポイントです。
ここでは、「即戦力としての高い能力及び高いコミュニケーションスキルが求められていた」という会社の主張の当否が問題となった本採用拒否の事案について見ていきます。
事案の概要
原告は、医療法人の総務・経理・人事部門における業務全般に従事する労働者として採用されました。しかし、試用期間満了時に「成績不良・能力不足」や「勤務態度不良・協調性欠如」などを理由に本採用拒否されました。
本採用拒否の効力が裁判で争われた際、会社からは「人事のスペシャリストとして「即戦力」としての高い能力及び高いコミュニケーションスキルに基づく労務の提供を期待して雇用した」という主張がされました。
裁判所の判断
求められていた能力について
応募の際に原告から提出された職務経歴書には、「給与計算」「勤怠管理」「労務関連規定整備:勤怠や給与規定等労務ルールの整理・明文化」といった労務関係業務を経験した年数が1年1ヶ月程度あり、「年末調整」を経験した年数が合計1年5ヶ月程度ある旨が記載されていました。
会社は、このような記載があったことも根拠の一つとして、「人事のスペシャリストとして「即戦力」としての高い能力を期待して雇用した」との主張を行ったのです。
しかし、裁判所は、職務経歴書の記載内容について、以下の点を指摘しました。
・職務経歴書には、これらの記載を超えて、原告が「労務、経理、組織といった多角的案な分野の経験及び専門性を有する人事のスペシャリスト」であることを伺わせる記載は無いこと。
・「労務関連規定整備:勤怠や給与規定等労務ルールの整理・明文化」についても、これがどのような内容であり、どの程度の「整理」や「明文化」であったのかについての記載も見当たらないこと。
・職務経歴書に記載のある「コミュニケーションスキル」の記載内容も、通常の事務職員に求められるスキルを超えて高いスキルを有していることをアピールする内容とも認めがたいこと。
さらに面接時のやりとりについても、次のように述べました。
採用面接において、これらの内容について問答を行い、原告が「人事のスペシャリスト」としての高い能力や「高いコミュニケーションスキル」を有するとアピールした事実も認められない。
そして、以上によれば、原告が、被告が主張する人事のスペシャリストとしての「即戦力」としての高い能力及び高いコミュニケーションスキルに基づく労務を提供することが雇用契約の内容になっていたとは認められないとしました。
解雇の客観的合理的、社会的相当性の有無
その上で、裁判所は、会社が主張した原告の問題点について、次のように述べて、解雇(本採用拒否)の合理的理由にはならないとしました。
・事務長は、忘年会の日、被告の社員が原告に対し、一緒に行きませんかなどと声をかけたところ、原告が「何とも言えない声」を出して出ていった旨証言するが、かかる一時をもって原告のコミュニケーション能力が欠如していると評価することは困難である。
・被告は、原告による就業規則や賃金規定の検討が不十分であったことや、管理部会議の席上で理事長からの問いかけに対して満足な回答を行わなかったことを問題視するが、事務長は原告が提出した成果物について、一般的社員のレベルの出来であると感じた旨証言しており、本雇用契約に基づく労務の提供として不足があるとはいえない。
・「賃金の下方硬直性」への対応を尋ねるといった複雑な問いかけに対して質問者の満足のいく回答を行えなくても、本件雇用契約に基づく労務の提供として不足があると評価することはできない。
・被告は、原告が本件訴訟等において冬期賞与14万円の支払いを求めたことも問題視するが、そのような請求をすること自体が従業員としての適性を欠くとは評価できない。
・原告は、タイムカードのチェック、計算業務を行った際に、計算を誤ったこと等があったが、原告のミスによって、被告に何らかの損害等が発生したことを認めるに足りる証拠はなく、被告の注意にもかかわらず原告がミスを繰り返したといった事情も認められない。
以上により、本件解雇(本採用拒否)は無効と判断されました。
この事案では会社側が本採用拒否の理由として挙げた事由が相当曖昧かつ薄い内容であったため、それを補うために「即戦力としての高い能力及び高いコミュニケーションスキルが求められていた」という主張がされたという実情があったのではないかと推測されます。
しかし、裁判所は職務経歴書の記載や面接時のやりとりを細かく見た上で、こうした能力があることが雇用契約の内容となっていたことを否定しました。