基本情報
1 判決日と裁判所
・令和2年4月15日
・札幌高裁
2 判決結果
・解雇無効
3 解雇の種類と解雇理由の分類
・普通解雇
・業務不能
業務不能と解雇
病気や怪我で業務ができない場合、多くの会社では、すぐに解雇とならないように休職制度が設けられています。
しかし、休職期間を経過してもなおも業務が困難となると、自然退職あるいは解雇といった問題が生じます。
この場合の自然退職あるいは解雇の有効性を巡っては、果たして業務不能なのかどうかが争いになります。
ここで注意が必要なのは、業務不能かどうかの判断において、必ずしも、休職前の仕事に復職できる必要があるわけではないという点です。他の業種への配置転換の現実的可能性がある場合には、配置転換が可能かどうかも検討する必要があります(平成10年4月9日最高裁判決)。つまり、配置転換も含めた復職可能性が検討されなければいけません。
一方で配置転換が労働者の意に沿わないこともあります。労働者としては、休職前の仕事に復職することを希望しているという場合です。そうなると、復職の協議も非常に難航することになります。
ここでは、業務中に右手小指を負傷した労働者が、休職後に「業務に耐えられないと認められるとき」に該当するとしてなされた普通解雇の効力が争われた事例についてみていきます。
この事例は、高裁が一審判決(令和元年9月26日・札幌地裁)を破棄して、解雇の効力について正反対の結論を出したという意味でも興味深い事例です。
事案の概要
本件で解雇の対象となった原告は、水産物卸売業を営む会社で製造部に所属していた労働者です。
原告は、タラコを秤で計測しながらパックに詰める作業に従事していましたが、あるとき、業務中に右小指を負傷してしまいました。その後、しばらくは療養しながら仕事を継続していましたが、手術が必要となり、約3年間の休職をしました。
複数回の手術を経て治療が終了した後、原告と会社との間では復職の協議が行われました。その際、会社からは製造部ではなく掃除部の仕事の補助として復職する提案がなされましたが、原告は製造部に復職することを希望し、結論は出ないままとなりました。
その後、会社が「精神または身体の障害により、業務に耐えられないと認められたとき」に該当するとして、原告を普通解雇するに至ったため、原告は解雇の効力を争って提訴しました。
第1審の裁判所の判断 解雇は有効
「身体の障害により業務に耐えられないと認められるとき」に該当するか
第1審では、裁判所は、まず以下の点を指摘して、原告が製造部で従前通りの作業を行うことは困難であったとしました。
・原告が製造部に復職した場合、右手に相当の痛みが生じることが予想されること
・包丁を使えないことで業務に支障がでること
・重い物をもつことで再度疲労骨折などを生じる可能性があること
・頻回な手洗いによって手術を繰り返した皮膚が裂けるなどのおそれもあること
原告は、業務の軽減を行えば復職は可能であったと主張していました。
しかし、この点についても裁判所は、冷たいタラコを日常的に取り扱うことや、頻回な手洗いが必要であるとからすると、重い物を運ぶ作業などの一定の業務軽減をしたとしても、製造部への復職が可能とはいえないと判断しています。
さらに、配置転換をした上での復職可能性についても、次の点を指摘して、これを否定しました。
・会社が清掃部への配置転換を提案したにもかかわらず、原告は製造部への復帰を希望し、その後も提案を受け入れなかったのであるから、清掃部に配置転換した上での復職も困難であったこと
・清掃部以外の部署は、製造部より重い物を持つ作業であったこと
以上より、裁判所は、解雇事由である「身体の障害により業務に耐えられないと認められるとき」に該当するとしました。
解雇の相当性
原告は、被告が原告の障害について十分な医学的検討をしておらず、解雇回避に向けた努力もしなかったといった主張をしていました。
しかし、第1審では、裁判所は、次の点を指摘して、これを否定しました。
・原告が提出した診断書から業務に耐えられないと判断したことは不合理ではなく、被告が十分な検討を経ていないとは言えないこと
・清掃部への配置転換を提案するなど一定の解雇回避のための努力をしていたこと
また、原告からは、復職に向けた再協議を行うことを約束していたのに、被告はこれを一方的に反故にしたという主張もされていました。
しかし、裁判所は、次の点を指摘して、再協議をしなかったとしても手続き的に相当性を欠くとは言えないとしました。
・「協議の最後に「考えておきましょう」という発言があっただけで、再協議の約束があったとは言えないこと
・原告が「既に提出した診断書によれば復職が可能なのは明らか」と主張するだけで、他に医学的資料などを提出することもなかったこと
以上より、第1審では、裁判所は、解雇の相当性も認められるとして、本件解雇は有効であると判断しました。
控訴審での裁判所での判断 解雇は無効
「身体の障害により業務に耐えられないと認められるとき」に該当するか
これに対して、控訴審では、裁判所は次の点を指摘して、「製造部における作業に耐えられなかったとは認められない」としました。
・会社が就労不能の判断の元とした診断書は、後遺障害の程度の証明のために作成されたもので、復職の可否について作成されたものではなかったこと
・会社は、原告から復職が可能であるとの主治医の判断を得ているとの申告を受けていたのであるから、この診断書に基づいて復職の可否を判断をするのであれば、診断書を作成した医師に問い合わせをするなどして、診断書の趣旨を確認すべきであったこと
・診断書を作成した医師は「小指に無理をかけないように注意を払えば、慣れた作業や労作は可能である、小指が仕事に慣れるまでは仕事量を減らすなどの配慮が必要である、包丁を津悪作業なども慣れれば不可能であるとはいえない」と判断しており、会社が上記のような確認をしていれば、このような回答が得られたはずであること
・したがって、しばらくの間業務軽減を行うなどすれば、製造部へ復職することは可能であったと認められること
第1審は、就労可能であるとした医師の診断書について「信用性が認められない」としましたが、これに対して控訴審は、会社が就労不能の判断の元にした診断書が復職の可否について作成されたものではなかった点に着目して、医師への問い合わせも含め、慎重な判断をすべきであったとしたのです。
なお、控訴審が、仮に解雇時点の時点で債務の本旨に従った(つまり万全の)労務の提供を行えなかったとしても、慣らし勤務を経ることで債務の本旨に従った労務の提供を行えたと考えられるし、労災事故であったことを踏まえると、「慣らし勤務が必要であることを理由として解雇事由があると認めるのは相当ではない」とした点も注目されます。
解雇回避努力について
控訴審では、裁判所は、次の点を指摘して、解雇回避努力が尽くされたとも言えないとしました。
・復職に向けた協議の中で、勤務時間や賃金等の具体的な条件の提示や調整はされていないこと。
・原告に配置転換を拒否すれば解雇もあり得る旨を伝えておらず、製造部での業務に従事させられない理由等についても十分な説明をしていなかったことから、原告としては、配置転換を受け入れるか解雇を受け入れるかを選択しなければならない状況にあるとは認識していなかったこと。
・最後の協議は、会社担当者が「考えておきましょう」と述べて終わっており、その後退職勧奨がなされることもなく、症状固定日のわずか1ヶ月に解雇がなされていることから、原告には解雇を回避する選択の機会が与えられていないと言えること。
この点も第一審の判断とは対照的で、第一審が原告において積極的に医学的資料を提供しなかった点を問題視したのに対して、控訴審は、症状固定日のわずか1ヶ月に解雇されていることにも着目して、会社の側がより積極的かつ十分な措置を尽くして、原告に解雇を回避する選択の機会を与えるべきであったとしたのです。
以上により、控訴審裁判所は、本件解雇は無効であると判断しました。