基本情報
1 判決日と裁判所
・令和元年10月17日
・東京地裁
2 判決結果
・解雇無効(ただし、期間満了により雇用契約の終了自体は認められている)
3 解雇の種類と解雇理由の分類
・普通解雇
・勤務態度不良・協調性欠如
(セクハラも解雇理由の一つとして主張されているが、以下では省略)
解雇と改善の余地
労働者に問題行動がある場合に、解雇に至るまでに改善の機会が与えられたかは、解雇の効力を判断する上で一つのポイントになりますが、「改善の機会が与えられた」と言えるためには適切な注意指導がなされる必要があります。
例えば、労働者の認識が誤っている場合には、どこがどう異なるのかについて的確に伝えて始めて、改善の機会が与えられたと言えます。
ここでは、他の労働者に対する言動を理由とする普通解雇が、指導により改善の余地があるなどとして無効と判断された事例について見てみます。
事案の概要
本件で解雇の効力を争った原告は、外国の製薬・医療機器企業を支援するために設立された会社(以下、「被告」)で品質保証責任者として勤務していた労働者です。被告はアメリカ合衆国の企業を親会社とし、原告を含む4名の従業員が被告のオフィスで勤務していました。
裁判所の認定によると、解雇に至る経緯は次のとおりです。
ある日、原告は被告の統括製造販売責任者Bに対して、医療機器(以下、「本件機器」)の製品標準書を入手しているかどうかを尋ねました。Bが本件機器を輸入販売するのは先のことであり、製品標準書はまだ入手していないと答えたところ、原告は、立ち上がって大声を出し、製品標準書が作成されていないことが問題がであることを主張して、ビルの運営者から苦情が入るまで大声を出し続けました。(なお、実際には、本件機器の届出時には製品標準書を準備する必要はありませんでした)
その後、原告は、親会社のCEOであるCに対して、Bを非難し、Cと電話で話すことを希望する内容のメールを送信しました。一方、BもCに対して、原告が非常に大きな声で叫んで机を蹴りビルの運営者から苦情を受けたといった内容のメール報告を行いました。
これを受け、被告は、原告に対して警告書を送付しました。警告書には、Bに能力や知識がない旨のメールを送信したことや、大声を出してビルの運営者から苦情が出されたことが、被告の行動規範に反するものであり、懲戒処分を受ける可能性があることなどが記載されていました。
しかし、その後も、原告がCに対しBを批判する内容のメールを送ったことから、被告は、本件警告書を受け取った後にも上司を批判するメールを定期的に送信したことなどを解雇理由とする解雇を行いました。(なお、後にセクハラ行為も解雇理由の一つとして主張されましたが、以下ではこの点については省略します)
裁判所の判断
裁判所は、原告が大声を出した日のやりとりについて、自らの意見に過度に固執していたもので「監督者であるBに対する態度として適切を欠く面があったことは否定できない」としながらも、以下の点を指摘しました。
・Bは、このとき原告に本件機器の輸入、販売時期が先であるとの説明を行った。そうすると、原告が認識が誤ったものであったとしても、Bから原告に対し、本件機器の届出時に製品標準書が必要とされていないことについて、原告の認識を正すための的確な説明・指導がされていたとはいえないこと。
・(被告が送付した警告書の前提となっている)Bのメールによる報告は、原告が机を蹴ったと記載されるなど正確性を欠くものであったこと。
・原告はBとの関係などについて電話で話すことを希望していたのに、被告は原告から事情を聴くことなく一方的に警告書を送付しており、警告書によって原告に対する適切な指導がされていたとは言いがたいこと。
・被告は、その他に原告がBや前任者を非難する言動をしていたと主張しているが、具体的な経緯や態様は不明で、原告に対して行われた指導等の有無、内容も不明であること。
そして、以上を踏まえ、被告が指摘する原告の言動については、指導等により改善の余地があったとしました。
次に、裁判所は、原告の言動による被告の業務への影響について検討し、次の点を指摘しました。
・原告がCやBによる業務命令に従わなかったとの事実が認められないこと。
・原告のBを非難する言動により、被告の業務に具体的な支障が生じた事実は認められないこと。
以上より、裁判所は、本件解雇は、客観的合理的や社会的相当性は認められず、無効であるとの判断をしました。