基本情報
1 判決日と裁判所
・平成31年3月8日
・東京地裁
2 判決結果
・(普通解雇について)解雇有効/(整理解雇について)解雇無効
3 解雇の種類と解雇理由
・整理解雇/普通解雇
・経営上の必要性による解雇/競業避止義務違反
理由の追加と解雇の効力
解雇には、懲戒解雇、普通解雇、整理解雇といった種類がありますが、それぞれの判断の観点が異なるため、「懲戒解雇は無効だが、普通解雇は有効」という事態が起こりえます。そのため、懲戒解雇と同時に「念のため」普通解雇も行われることもあります。
一方で、解雇の理由が後になってから追加されることもあります。罰として行われる懲戒解雇の場合は、後から「これもあった」として解雇理由を広げることは許されませんが、普通解雇の場合は、解雇時に客観的に存在していた事情として理由が追加されることもあります。
ここでは、「経営合理化のための人員削減の必要性」を理由に整理解雇が行われた後、訴訟において「競業避止義務違反」が追加して主張された、やや変わったケースについて見ていきます。
事案の概要
原告は、ソフトウエアおよびハードウエア製品の製造販売、プログラマーやシステムエンジニアの派遣業務などを行う会社で、ソフト開発の営業やITエンジニアの派遣営業などの職務に従事していました。
営業職に従事する従業員は、原告を含めて4名いましたが、原告以外の3名の従業員は退職しました。その結果、営業職の従業員は原告1人だけとなり、他の従業員は全て開発にかかわる派遣社員でした。
原告は、被告会社から給与の見直しや雇用契約から業務委託契約への切り替えを求められましたが、これを拒否したところ、即時解雇されました。そのため、解雇の効力を争って提訴しました。
解雇当初、被告会社が主張した解雇理由は「経営合理化のために人員削減の必要性」でした。
しかし、訴訟になってから、原告が在職中に2年間、事業目的が被告会社と同一のA社の取締役に就任し、退任後も月額25万円程度の報酬を得て兼業を行っていたという「競業避止義務違反」が追加で主張されるに至りました。
整理解雇の効力について
裁判所は、整理解雇の効力を判断するにあたり、まず①人員削減の必要性について次のように述べました。
・被告は、平成25年以降赤字が続いていており、経営の合理化をする必要があったことや被告代表者の報酬の減額をして人件費の削減をしたことが認められる。しかし、それらの事実のみでは、人員削減の必要性が高いとは認めがたい。
次に、②人選の合理性については、次のように述べて、一応認めました。
・被告の派遣社員ではない従業員は原告のみであり、解雇の対象は原告しかいないため,人選の合理性は一応あるといえる。
しかし、③解雇回避努力義務を尽くしたかという点については、「被告従業員の配置先は営業職のみであることから、原告の配置転換の可能性は乏しく、その検討をしていないとしてもやむを得ない」としつつも、次のように述べています。
割増退職金の支払や再就職支援の実施等をしてはいないことを踏まえると、被告が解雇回避のための努力を尽くしたということはできない。
さらに、④手続きの相当性については、次のように指摘しました。
・被告は、給与の見直しや雇用契約から業務委託契約への変更を原告に断られた後、人員削減の必要性や解雇回避義務を尽くしたことの十分な説明をすることなく、原告を即日解雇しており、原告と解雇について協議をしたということはできない。
そして、結論として、裁判所は整理解雇を無効と判断しました。
競業避止義務違反を理由とする解雇の効力
次に問題となるのは、整理解雇としては無効であっても、競業避止義務違反を理由とする解雇として有効となるのかです。
裁判所の認定によると、原告は被告に在職中、その勤務時間を含め、同業者であるA社の取締役または業務委託の受託者としてA社の業務に従事していました。しかも、被告の親会社の会長が来訪する際にはA社の話を控えるなどして、A社としての活動を秘していました。
この点について裁判所は、次のように述べて、原告の就業規則違反を認めました。
・原告がA社の業務に従事することについて、当時の被告の代表取締役であるBはA社の代表取締役でもあったため知っていたとはいえるが、それをもって被告が原告の副業を許可していたとは認めがたい。
・こうした原告の行為は、許可なく他の会社の役員となったり、他の会社から報酬を受け取ることを禁じた就業規則に反する。
・原告はA社の業務を被告の設備や備品を使用して行っていたが、これは許可なく服務以外の目的で会社の設備や物品を使用することを禁じた就業規則に違反する。
原告は、「被告の企業秩序に影響を与えておらず、会社に対する労務の提供に支障を生じさせていないため、服務規程に違反する兼業には当たらない」という主張をしましたが、これについても裁判所は次のように述べて、原告の主張を否定しました。
・原告はITエンジニアの紹介メールをA社に転送するなど、A社の業務のために被告の情報を提供していることから、これは被告に対する背信的行為であり、被告の企業秩序を乱すものである。また、原告が他社から報酬を受け取りながら、被告の職務に専念していなかったことは、労務提供に格段の支障が生じさせたと言える。
本件で特に特徴的なのは、被告会社が原告を解雇した際、原告がA社の取締役だったことや同社の業務に関し報酬を受け取っていたことを知らず、訴訟になって初めて兼業禁止に反したことを解雇理由として主張した点です。
しかし、裁判所は、次のように述べ、解雇時に会社がこの事実を認識していなかったとしても、解雇権濫用を否定する事情として考慮できるとしました。
・兼業禁止に反した事実は、本件解雇時に存在したものであり、解雇権濫用を否定する事情として主張することは可能である。
・本訴訟以前に被告から主張されていた整理解雇は、被告の営上赤字が続いたことにより、営業実績に比して給料が高額である営業部の廃止をしたとするものであったが、このように営業実績が上がらなかった一因には、唯一の営業部員である原告がA社の業務を行い、被告の業務に専念していないことが影響していることは否定できない。したがって、解雇時に被告が兼業禁止違反の事実を認識していなかったとしても,その後の訴訟でこれを主張することは許される。
さらに、裁判所は、解雇の社会的相当性についても、次のように述べてこれを認めました。
兼業の内容が、就業時間に競業他社の業務を行うだけでなく、被告の業務で知り得た情報を利用するという被告への背信的行為であるという内容に照らせば、本件解雇は社会通念上も相当なものである。
結論として、裁判所は、整理解雇としては無効としながらも、競業避止義務違反を理由とする解雇としては有効と認めたのです。