第1章 解雇を巡る基礎知識

目次

1 解雇とは

まず、そもそも解雇とは何かという点について正確に押さえて頂きたいと思います。

というのも、何が「解雇」なのかという点について正確に理解しないまま、「解雇された」「解雇されそう」と相談に来られる方が少なくないからです。

問題に正しく対処するためには、今、自分が直面しているのが「解雇」の問題なのかどうかを正しく掴むことが出発点となります。

労働者と使用者との間には、法律的にいえば、「雇用契約」という契約関係が存在しています。

普段働いているときには、この「契約関係」を意識することはあまりないと思います。

しかし、モノを買う契約(売買契約)や、マンションを借りる契約(賃貸借契約)などと同じように、働いて給料をもらう関係も、一種の「契約関係」なのです。

そして、この雇用契約を「会社の側から一方的に終了させる」のが解雇です。

例えば、労働者の側から退職届けを出して辞める場合を考えてみましょう。

この場合、会社が一方的に雇用契約を終了させたわけではありません。したがって、それがどんなに不本意な会社からの働きかけによるものであったとしても、解雇にはあたらないことになります。

2 解雇と退職勧奨

このように会社が労働者に対して自ら辞めるように働きかける行為を「退職勧奨」といいます。

退職勧奨は、あくまでも労働者が自分から辞めるように働きかける行為です

労働者がこれに応じて、自ら退職することで雇用契約は終了します。一方、労働者があくまでもこれに応じなければ、雇用契約は終了しません。

つまり、雇用契約を「会社の側から一方的に終了させる」わけではありませんので、解雇とは異なるということになります。

「不当解雇された」として相談に来られる方の中には、単に退職勧奨を受けて自ら辞めただけという方もいますので、まずはこの点をしっかり理解して頂ければと思います。

3 区別が微妙なケース

これまで書いたように、理屈の上では、解雇と自主退職(自ら退職すること)とは明確に区別されます。

しかし、実際のケースでは、区別が微妙となる場合もあります。

例えば、会社の社長から「来月から残業代は払えない、残業をつけないか、それが嫌なら辞めてくれ」と言われ、労働者が「それでは辞めさせてもらえます」と答えたというケースではどうでしょうか。

この場合、労働者が、自分から辞めると言ったという意味では自主退職のようにも見えます。

しかし、労働者がそう発言したのは、残業代の支払いを受けるか、辞めるかの二者択一を迫られたからですので、辞めさせられた(解雇)とも言えます。

これは実際にある裁判例で争われたケース(大阪地裁平成10年10 月30日判決)です。

裁判所は「解雇である」と判断しましたが、判断が微妙になりうることは、この事例からもお分かりいただけるかと思います。

したがって、解雇なのかどうかはっきりしないという局面では、会社からなされた働きかけを勝手に「これは解雇だ」と決めつけて行動しないことが大切になってきます。

自分から退職する意思がないのであればそのことを明確に告げること、そして、自ら退職したと受け取られるような言動をしないことが必要です(この点については、第4章でも詳しく説明します)。

4 解雇の種類

次に、解雇に関する基礎的な知識として、解雇の種類について押さえていきます。

解雇にはいくつかの種類があり、その種類によって解雇が許されるための条件も異なってきます。そのため、今問題となっている解雇がどの種類の解雇なのかを押さえることも重要です。

懲戒解雇

まず最初に、会社の労働者に対する制裁、つまり罰として行われる「懲戒解雇」があります。

会社は企業秩序を維持するために労働者に対して罰を与える懲戒権を持っていますが、その最も重い罰が懲戒解雇です。

懲戒解雇は、「罰」として行われるという特質から、これが許されるための条件は特に厳しく制約されます。

整理解雇

次に、経営難による人員削減などのもっぱら会社側の事情で行われる「整理解雇」があります。

整理解雇は、労働者側の事情ではなく、会社側の事情で行われるという特質から、やはりこれが許されるための条件は厳しく判断されます。

普通解雇

最後に、上で挙げた「懲戒解雇」や「整理解雇」以外の解雇を、一般に「普通解雇」と言います。

労働者には、労働契約上、労務を提供するなどの一定の義務があります。その義務が果たされなかったことを理由として、労働契約を解除するのが普通解雇です。

典型的には、「能力不足」や「適格性欠如」を理由として行われる解雇です。

上で見たように、懲戒解雇は労働者に対する制裁として行われますが、普通解雇には、制裁としての性質はありません。

また、普通解雇と整理解雇との違いは、契約を解消する原因が、労働者・使用者のどちらにあるかという点にあります。

普通解雇は、労働者の義務違反を理由として行われます。これに対して、整理解雇は使用者の経営上の理由によって行われるという違いがあります。

5 解雇は簡単には許されない

ここまで、解雇の意味、そして種類について見てきました。これらを踏まえた上で、解雇を巡る法律について説明していきます。

労働契約法

解雇に関するもっとも重要な法律条項といえば、労働契約法16条です。

ここで突然、「労働契約法」などと言われて面食らった方もいるかもしません。

労働契約法というのは、使用者と労働者との間の雇用契約(労働契約)の基本的なルールについて定めた法律です。

契約の基本原則や、これまでの数々の裁判例の中で作られてきたルールについて書かれています。

一見難しそうに思えるかもしれませんが、わずか22条の短い法律ですので、働く方は是非一読をされることをお勧めします。

さて、労働契約法16条は次のように定めています。

解雇は、客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、その権利を濫用したものとして無効とする。

一読するだけでは、分かったような分からないような印象を持たれるかもしれませんが、とても重要なルールがここに書かれています。これから一つ一つ解説していきます。

客観的合理的理由

まず、この条文の第一のポイントは、解雇には「客観的合理的理由がいる」という点です。

言い換えれば、客観的合理的理由がないのに解雇してはならないのです。

例えば、単に使用者の気分や好き嫌いで「解雇したいから解雇する」などいうことは許されないということになります。

では、どういう場合に「客観的合理的理由」があるのかという点が当然問題となってきますが、この点については第2章で詳しく解説します。

社会通念上相当であること

第二のポイントは、解雇が認められるためには、客観的合理的理由だけではなく、「社会通念上相当であること」も必要となるという点です。

ここでも、どういう場合に「社会通念上相当である」といえるのか点が当然問題になってきますが、まずは、解雇が許されるためには、このように「客観的合理的理由」や「社会通念上相当であること」という二つの高いハードルが課せられていることを頭に入れて頂ければと思います。

なお、「社会通念上相当であること」については、「社会的相当性があること」という言い方もしますが、同じ意味です。

無効となること

そして第三のポイントは、客観的合理的理由がなかったり、社会通念上相当であると認められない場合に、どうなるのかという点です。

この場合、解雇は「無効」となります。

無効というのは、法律的には効力がないという意味です。

したがって、いくら会社が解雇を主張しても、法律的には効力が認められない以上、雇用契約は終了しません。その結果、労働者は、働き続けることができるし、給料をもらえる、ということになります。

6 なぜ解雇が厳しく制約されるのか

では、なぜ、このような規定が設けられているのでしょうか。

対等な人間同士による契約関係であれば、一方が契約の解約を希望した場合には、特段の制約なく契約を終了とすることもありえます。

しかし、仕事を失うということは、働く人にとっては、生活の基盤を失うという意味で重大な打撃となります。雇用契約の終了によって労働者が被る不利益は、労働者が一人辞めた場合に会社が受ける不利益とは比較にならないほど大きいのです。

そのため、労働者と使用者との現実の力関係は、決して対等なものではありません。労働者は、どうしても使用者に対して弱い立場に立たされます。

にもかかわらず、雇用契約関係の終了について、当事者の自由に委ねてしまうと、労働者にとっては非常に酷な結果が生じてしまいます。

そこで、労働者を保護する観点から、解雇について「客観的合理的理由」と「社会的相当性」が要求され、これらがない場合は無効、つまり解雇としての効力はないとされているのです。

7 解雇予告と解雇予告手当

ここで解雇に伴ってよく出てくるキーワードである「解雇予告」と「解雇予告手当」についても押さえておきましょう。

上で見たように、解雇は労働者に重大な不利益を与える行為です。

そのため、労働者が十分な準備がないまま職を失うことのないように、労働基準法は、解雇の手続きに関して一定の定めをおいています。

具体的には、使用者が労働者を解雇する場合には、原則として、少なくとも30日前にその予告をするか、30日分以上の平均賃金を支払わなければならないと定められています(労働基準法20条1項)。

ここで行われる予告が「解雇予告」です。そして、30日前の解雇予告がされない場合に支払われるのが「解雇予告手当」です。

よく「解雇の場合でも最低1ヶ月分の給料は保障されると聞いた」とおっしゃる方がいますが、正確にいえば、解雇予告が必要な場合に、予告無しに解雇する場合に支払われるのが解雇予告手当です。したがって、30日前の解雇予告がされた場合には、解雇予告手当の支払いは受けられません

予告日数については、「一日について平均賃金を支払つた場合においては、その日数を短縮することができる」(労働基準法20条2項)とされています。

そのため、使用者は、例えば20日前に予告した上で、30日に足りない分、つまり10日分の予告手当を支払う、という選択もできます。

8 解雇予告や解雇予告手当の支払いが不要な場合

先ほど、解雇にあたって解雇予告や解雇予告手当の支払いが「原則として」必要となると書きました。

つまり、例外的に解雇予告や解雇予告手当の支払いが不要となる場合もあるのです。

解雇予告あるいは解雇予告手当の支払いが不要な場合として、労働基準法では以下の場合が定められています。

①天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合
②労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合

「労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合」とは具体的にはどのような意味でしょうか。

この意味について、ある裁判例では、「当該労働者に予告期間を置かずに即時に解雇されてもやむを得ないと認められるほどに重大な服務規律違反又は背信行為があること」をいうとしています。

9 解雇予告手当さえ支払えば解雇が許されるわけではない

ここまで解雇予告と解雇予告手当について説明してきました。

しかし、実は、解雇予告や解雇予告手当に関して知っておいて頂きたいもっとも重要なことは、解雇予告手当を支払いさえすれば解雇できるわけではないという点です。

解雇予告や解雇予告手当について一般にも知られるようになったためか、突然の解雇が行われると「解雇予告手当の支払いもなかった!」という点に強く反応して相談に来られる方が少なくありません。

しかし、解雇予告制度は、労働者を保護するために設けられた解雇に対する手続き的な制約の一つに過ぎません。

既にご説明しているように、解雇が有効と認められるためには、「客観的合理的理由があること」と「社会的相当性があると認められること」という二つの条件を満たす必要があります。

これらの条件を満たさないのであれば、たとえ解雇予告をしたり、解雇予告手当を支払ったとしても、解雇に効力は認められないのです。

したがって、解雇予告も解雇予告手当の支払いもなく解雇が行われたという場合も、まずは、客観的合理的理由があるのか、社会的相当性があるといえるのかという点の検討が出発点として大切になります。

そして、客観的合理的理由がなかったり、あるいは、社会的相当性がないという場合には、解雇に効力は認められませんので、解雇予告手当を請求すべきではないということになります。

なぜなら、解雇予告手当というのは、解雇が有効であるからこそ発生するものだからです。解雇が無効なのであれば、そもそも請求する根拠もないことになります。

この点については、後で、解雇に対してすべき行動、すべきではない行動を説明する際にも触れますが、重要な点ですので、しっかりと押さえておいてください。

なお、解雇予告手当が支払われていないことから直ちに解雇が無効になるわけでもないという点も理解しておく必要があります。

解雇予告がなく、また解雇予告手当も支払われていないと、「許せない!不当解雇だ!」と言いたくなる気持ちも分かりますが、そのことだけで解雇の効力が左右されるわけではないのです。

解雇の効力を判断するためには、繰り返して述べているように、客観的合理的理由があるのか、社会的相当性があるのかという点こそが重要なのです。

▶次ページ 第2章 解雇はどのような場合に許されるのか

第3章 不当な解雇に対して何ができるのかを知る

第4章 解雇されたらすべきこと、すべきでないこと 

▶最初から読む はじめに 解雇されたとき、解雇されそうなときに知っておきたいこと

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