基本情報
1 判決日と裁判所
・平成31年1月17日
・東京地裁
2 判決結果
・解雇有効
3 解雇の種類と解雇理由
・普通解雇
・誹謗中傷
内部告発と信用棄損
労働者の行為が「会社の信用を傷つけた」として問題となる場合があります。
根拠のない誹謗中傷により会社に損害を与えることはもちろん許されることではありません。もっとも、労働者の行為が、組織内で行われている不正や違法行為を外部機関等に告発する「内部告発」であるような場合、これを保護する必要性もあります。
告発の内容は根拠のあるものなのか、根拠があればどのような目的・方法でも許されるのか、どのような場合に解雇まで可能なのか・・・などなど、内部告発と信用棄損を巡っては、なかなか難しい問題が出てきます。
ここで紹介するのは、こうした内部告発と信用棄損に関わる解雇事件です。
事案の概要
事件の舞台は病院です。
原告は、脳神経外科を専門とする医師として勤務していましたが、「患者の家族に対して、他の医師が行った医療行為の問題を告発する内容の事実に反する匿名の文書を送付したことにより、患者及び患者家族に極度の不安を抱かせ、同僚医師や病院の社会的信頼・信用を著しく毀損した」などとして、普通解雇されました。
患者家族に送付された匿名の文書は2通ありました。
一つの文書には「患者が胚腫を再発したのは主治医が放射線治療を失念したからである」といった内容が、また、もう一つの文書には「主治医が、紹介先への情報提供書に、患者家族の意思を尊重して放射線治療を行わなかったという虚偽の事実を記載した」といった内容がそれぞれ記載されていました。
これに対して原告は、「そもそも当該文書を送付したのは自分ではない」と主張して争いました。
しかし、この点については、裁判所は、原告以外に文書に記載された情報に接する立場にいた人物はいない、などとして、文書の送付者は原告であると認定しました。
そこで、問題となってくるのが、原告がこのような文書を送付したことを理由に解雇ができるのかという点です。
内部告発と解雇の客観的合理的理由
まず、裁判所は、
医療過誤にも該当しうる不適切な医療行為があった旨を指摘する内容の文書を、病院関係者を名乗り患者及び患者家族に送付する行為は、内容の真偽に関わらず、病院の信用を失墜させる極めて重大な背信行為である
と指摘しています。
そして、匿名の文書を患者家族に直接するという方法について、
仮に診療行為に不適切な点があったとしても、所定の手続きに則って病院の管理者に情報提供し、病院における調査に委ねるとともに、病院をして患者側に情報提供を行わせることによって問題の是正を図るべきであり、本件各手紙を患者の家族に直接送付した行為は、内容の真偽に関わらず、雇用契約上の重大な義務違反である
としました。
ここで、「内容の真偽に関わらず」としている点は着目すべき点です。
就業規則では「業務の遂行を故意に阻害する行為をしたとき」「業務上の命令又は指示に反抗し、職場の秩序を乱したとき」「病院の信用を失墜し、又は職員としての体面を汚したとき」「故意又は重大な過失により病院に有形又は無形の損害を与えたとき」「職務上の義務に違反し、又は職務を怠ったとき」が懲戒解雇事由にかかげられていました。
裁判所は、上記を理由に、本件行為はこれらの事由に該当し、これを理由とする普通解雇には客観的合理的理由があると判断したのです。
内部告発と社会的相当性
続いて、裁判所は、解雇が有効となるために必要な社会的相当性があるか、という点について検討しています。
そして、本件各送付行為は、患者及び患者家族を不安に陥らせ、病院の信用を失墜させる程度が甚だしい悪質なものであり、解雇をもって臨むのはやむを得ない、としました。
さらに、解雇に至る手続きについても言及し、病院は必要な範囲で関係者の聴取及び調査を行った結果、文書の送付者を原告と判断し、嫌疑を告げた上で弁明の機会を付与し、弁明書の提出を踏まえて普通解雇の判断をしたものであり、解雇に至る手続きに不相当な点は認められない、としたのです。
結論として、本件解雇は社会通念上相当であって有効とされました。
職場内で不正行為が行われている(と思われる)とき、内部告発という手段を考えることがあると思いますが、正当な内部告発といえるためには、目的や方法という観点から一定の制約がかかる点には注意が必要です。