基本情報
1 判決日と裁判所
・令和2年9月16日
・東京地裁
2 判決結果
・解雇無効
3 解雇の種類と解雇理由の分類
・普通解雇
・勤務態度不良・協調性欠如/成績不良・能力不足/セクハラ・パワハラ/着服・横領
事案の概要
本件は、A銀行から子会社Y に転籍し勤務していた原告Xが、Y社から行われた普通解雇の効力を争った事案です。
原告は、Y社に転籍後、研修事業部における研修業務、その後、総務及び庶務業務、関連会社の社員の人事事務などを行っていました。
被告Y社は、原告Xの解雇理由として主に以下の点を主張しました。
窃盗行為
・転籍後早々に研修所で保管されていたビールを持ち出し、これにより懲戒処分(出勤停止7日)を受けた。
業務上のミス・勤務成績不良
・窃盗行為により研修担当を外された後も、会社携帯とSuicaの紛失、インフルエンザ補助金の計上ミスといった業務上のミスを繰り返した。
・そのため、上司によるダブルチェックが必要になり、また、他部署異動後も多数の業務ミスがあり、ミスを隠蔽するような対応が見られるなどの問題があった。また、4度の業績評価で最低評価「I(不十分)」を3度取得した。
セクハラ行為
・2名の女性社員に対するセクハラを理由に懲戒処分(出勤停止2週間)を受けた。さらに、被告は、この懲戒処分の際に「他に規律違反行為はない」と誓約書を提出したにもかかわらず、その後も複数のセクハラ行為(非違行為1〜7)に及んだ。
被告Y社は、これらにより、原告Xには勤務成績及び業務遂行能力の観点から著しく問題があり、かつ非違行為を繰り返しており、改善の見込みはなく、雇用継続をするに足る信頼関係が破壊されているなどとして、普通解雇は有効であると主張しました。
これに対して、原告Xは、勤務成績不良やセクハラ行為の多くは事実ではないか、解雇事由に該当するほど重大ではないと反論し、解雇は無効であると主張しました
裁判所の判断
裁判所は、原告が被告に転籍して以降、2回の懲戒処分(窃盗、セクハラ)に加え、複数の業務上のミスや落ち度と評価される言動があり、2回目の懲戒処分とは別のセクハラに該当する非違行為があったと認められることから、被告が原告について普通解雇事由が認められると判断したことは
「全く根拠に基づかない不当な判断であったとは解されない」
としながらも、原告と被告の間の信頼関係が破壊され、普通解雇事由に該当するというためには、解雇を相当とするだけの客観的事情が存在することが必要であると述べ、以下の点を具体的に検討しました。
勤務成績及び業務遂行能力の不良の程度について
裁判所は、次の点を指摘して、「原告の業務ミスは問題ではあるものの相当重大な問題であったとまではいえない」としました。
・ 顧客に直接影響を与えた業務上のミスは半年から2年以上前のことであること。
・その他のミス(上司等への事前または事後の報告なく業務を行ったもの、記載ミスや誤記を見落としたもの、指示を受けた業務に取りかかるのが遅かったもの等)は多数あるものの、細かなミスや落ち度が多く、いずれも上司や同僚の指摘で対応されており、重大な結果には至っていないこと。
・ 被告が原告のミスと主張するものの中には、原告のミスや落ち度とまでは評価できないものも複数含まれていたこと。
また、以下の点を指摘して、「原告に直ちに改善の意欲や可能性がないとまでは言えない」としました。
・関連会社とのやりとりについて、上司がいったん確認した上で処理させることとしていたところ、原告が上司に対して自分が対応することはあるかと申し出ることもあったこと
・顧客(関連会社)に直接影響を与える重大なミスは解雇の半年以上の前のものしか認められないこと
以上により、裁判所は、「原告の勤務成績及び業務遂行力が不良であったことは否定できない」としながらも、「勤務成績及び業務遂行能力の不良の程度は直ちに解雇を相当とする程度に至っていなかった」と結論づけました。
非違行為の程度について
裁判所は、認定した非違行為のうち、
①女性社員に対して、「可愛い」「素敵」などと述べた上、何度も食事に誘い、私的な連絡先を渡した行為
について
身体的接触を伴うものではなく、直接的に性的な発言でもないことからすれば、原告の行為は問題ではあるものの、その程度は重大とまでは評価できない
としました。
また、
②会社の暑気払いの後に、緊急連絡網に記載されていた女性社員の私用の連絡先にメールを送信し、帰宅したかについて確認した行為。携帯電話をスマートフォンに変更した際に、連絡先に登録されていた全員にショートメールで連絡先変更の通知を送った行為等。
について、
問題ではあるが、その内容は挨拶等にとどまり、連絡の時期や回数からすれば、執拗であったとも言えず、性的な言動とは評価できないことからすると、重大な問題ではあるとは言えない。
としました。
そして、次の点を指摘して、原告について改善が期待できないとは言えないから、直ちに解雇を相当する行為として、原被告間の信頼関係が破壊されたと認めるには足りないとしました。
・これらの行為がセクハラを理由とする2回目の懲戒処分よりも前の行為であること
・セクハラによる懲戒処分以降に行った非違行為は、性的言動とは評価できないこと
解雇は無効
以上により裁判所は、原被告間の信頼関係が破壊されていたと認めるには足りず、本件解雇は無効と結論付けました。
なお、裁判所は、普通解雇において個々の行為を細分化して評価すべきでないという被告の主張については、
信頼関係破壊という解雇事由に該当する具体的な事実について、それが信頼関係を破壊したと認めるに足りるかを具体的に検討する必要がある
として、これを排斥しています。
裁判所も認めるとおり、多数の問題行為があった事案ですが、ミスについては多数あったものの、一つ一つをみると細かなミスで重大な結果に至るものではなかったことや、セクハラについては、根拠資料不足などで被告の主張どおりには認定されず、また、性的言動と言えるか微妙なものが含まれていたことが大きく影響しているといえます。

