大学教授に対する、在外研究期間中の無断滞在及びPC紛失、入試当日の欠勤を理由とする懲戒解雇が無効と判断された事例

基本情報

判決日令和2年10月26日
裁判所名古屋地裁
判決結果解雇無効
解雇の種類懲戒解雇
解雇理由虚偽報告・不当請求/情報漏洩/欠勤・遅刻・早退

事案の概要

本件は、乙大学を設置する被告学校法人甲学園が、総合政策学部の教授であり、学部長も務めていた原告に対して行った懲戒解雇の有効性が争われた事案です。

被告学園は、懲戒解雇の理由として、以下の3点を挙げました。

1. 在外研究事案: 原告が、承認されていた韓国の延世大学での在外研究期間(1年間)のうち、約6か月間を無断で韓国を離れてハワイに滞在していた。

2. PC紛失事案: 原告が、ゼミ履修者121名分など学生の個人情報が記録された私有パソコンを紛失した。

3. 入試欠勤事案: 原告が、入学試験において、学部長として待機出勤義務があるにもかかわらず欠勤した。

これに対して原告は、在外研究期間中にハワイに滞在した事実、PC紛失の事実、入試日に出勤しなかった事実は認めたものの、懲戒解雇の客観的合理的理由にはあたらず、社会通念上相当ではないと主張。また、手続上の瑕疵もあるとして、懲戒解雇の無効を主張しました。

裁判所の判断

懲戒解雇事由の該当性

在外研究事案

裁判所は、次の理由により、原告の行為が「学校法人の規則又は規程を無視し,又は上司の指示に違反して法人の秩序を乱したとき」との懲戒事由に該当すると判断しました。

研究計画の変更手続の不履行:長期間にわたる研究計画の変更は規程が定める「著しい変更」に該当するが、原告は変更手続を一切経ていなかったこと。

兼職の禁止違反:原告は、学長の許可なく、延世大学で、報酬を受ける前提で学生への単位付与の対象となる講義を行っており、兼職の禁止に抵触することが明らかであること

一方で、原告はハワイ大学韓国研究センターにおいて研究活動を行っており、研究活動を放棄していたとは認められないとして、無届欠勤には該当しないとしました。

また、原告が研究計画の変更手続を怠ったことにより、被告学園の業務にいかなる支障が生じたのかが明らかではないとして、「職務に関する諸手続を怠ったことにより,又は偽ったことにより業務に著しく支障が生じたとき」との懲戒事由には該当しないとしました。

 さらに、裁判所は、次の点を指摘して、金品詐取等刑罰法規違反の懲戒事由にも該当しないとしました。

原告は、ハワイ滞在中も研究活動に従事しており、その限りで、内外研究員規定の趣旨及び目的に反するところはないこと。

原告は、研究計画の変更手続を経ていれば、物価水準の高い米国滞在のため、より高額な在外研究費を得られたはずなのに、それをしていないにとどまるから、被告学園に経済的な損失が発生したとは言えないこと。

原告に不法な経済的利益を領得しようとする動機や意思が認められず、手続懈怠を被告学園に対する欺罔行為と評価することはできないこと

   PC紛失事案

被告学園は、原告がゼミ履修者121名分など学生の個人情報が記録された私有のパソコンを紛失したことについて「学校法人の規則又は規程を無視し,又は上司の指示に違反して法人の秩序を乱したとき」との懲戒事由に該当すると主張しましたが、裁判所は、次の点を指摘して、これを認めませんでした。

• 私有PCの紛失自体は過失によるものであって、被告学園の何らかの規則又は規程を無視し、あるいは上司の指示に違反したものであるとはいえないこと

• 原告はPCにパスワード設定をして個人情報漏洩について保護対策を講じていたこと

・実際に個人情報が悪用されたという事案も発生していないこと

入試欠勤事案

裁判所は、 原告が、入学試験において、学部長として待機出勤義務があるにもかかわらず欠勤したことについて、上司の指示に違反して被告学園の秩序を乱したとの評価を免れないとして、「学校法人の規則又は規程を無視し,又は上司の指示に違反して法人の秩序を乱したとき」との懲戒事由に該当するとしました。

一方で、これにより、入学試験の遂行上何らかの不都合が生じたとう事実は認められないとして、「職務に関する諸手続を怠ったことにより,又は偽ったことにより業務に著しく支障が生じたとき」との懲戒事由には該当しないと判断しました。

解雇の効力

以上のとおり、裁判所は、在外研究事案と入試欠勤事案について、「学校法人の規則又は規程を無視し,又は上司の指示に違反して法人の秩序を乱したとき」との懲戒事由に該当するとしました。

しかし、次の点からすると、その違反の程度は、原告の職を失わせるに足りるほど深刻または重大なものではなかったとしました。

原告は、ハワイ大学韓国研究センターにおいて研究活動に従事していたため、その限りで、内外研究員規程の趣旨および目的に反するものではないこと

在外研究事案によって被告学園に経済的な損失が発生しているとはいえないこと

原告が問題点を指摘されるや、速やかに理事長に対して謝罪の手紙を送付し、これに対し、 理事長も「今後を戒める趣旨」のメールを送付するにとどまり、原告は内外研究員の資格をはく奪されることなく、その後約2年間にわたり問題とされていなかったこと。

原告が入試当日に出勤しなかったことによって、被告学園の入学試験の遂行上何らかの不都合が生じたという事実は認められないこと

さらに、裁判所は、次の点も指摘し、これらを併せて考えると、本件懲戒解雇は客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないから無効であると結論づけました。

• 本件の各事案が時間的に相当な間隔を置いて発生しており、原告が懲戒事由に該当する事実を頻繁に惹起していたとは評価できないこと

• 原告には過去に懲戒処分を受けた経歴がないこと

原告に一定の問題行為が認められた事案でしたが、裁判所は、まず懲戒解雇事由の該当性について一つ一つ丁寧に検討をして、限定的に認定しました。

この点は、問題行為があったときに安易に懲戒事由に該当すると判断することの危険性を示していると言えます。(このような懲戒事由該当性の判断については、懲戒解雇事由に当たるのはどんな場合?|就業規則・裁判例でみる判断基準でも解説していますので、ご覧ください)

その上で、行為の結果などに鑑みて、違反の程度についても慎重に検討し、懲戒解雇無効との結論を導いている点も注目したいところです。

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