退職届と錯誤~そんなことなら退職願いは出さなかった!~

「解雇が嫌なら自己都合退職をするように」

勤務成績不良と解雇理由で取り上げた平成16年5月28日横浜地裁川崎支部判決をもう一度採り上げたいと思います。

この事案は、光ファイバーケーブルの製造販売等を行う会社で勤めてきた従業員が退職勧奨を受けて退職した後に

「退職届けを出したのは、会社から、本来解雇事由がないにも関わらず、“解雇する、解雇がいやであれば自己都合退職をするように”と言われ、自己都合退職をしなければ解雇されると信じたことによるものであるから、無効である」

などと主張して起こした裁判です。

退職届を出したことが錯誤によるものかどうかということに関連して、はたして原告に解雇事由があったのかという点が問題となり、勤務成績不良と解雇理由で紹介したように、裁判所は、結論として、「解雇事由は存在しなかった」と判断しました。

錯誤による無効

では、この場合に、退職の意思表示が無効になるのか、というのが次の問題です。

一般論として、意思表示に錯誤(勘違い)があれば無効となります。

たとえば、物の売買で、本当はAという商品を買いたかったのに、Bという商品を買うと言ってしまった(言い間違え)というような場合です。

ただし、例えば後で値上がりすると考えて転売目的でAという商品を買ったもののそれは実は勘違いだったというように、その意思表示をしようとした理由、動機に勘違いがあったに過ぎない場合にも無条件で無効ということになってしまうと、その動機や理由について知ることのできなかった取引の相手方は大変迷惑を被ってしまいます。

そこで意思表示の動機に錯誤がある場合は、それが「表示されていた場合」に限って無効となるとされています。

また、些細な錯誤でも無効となるというわけではなく重要な部分についての錯誤でなければいけません。

したがって、このケースでも、退職の意思表示をした動機が表示されていたのかどうか、重要な部分についての錯誤であったかどうか、ということが問題となったのです。

動機の黙示的な表示

このケースで裁判所は、まず、原告は、本来解雇事由が存在しなかったのに、会社が解雇処分に及ぶことが確実でありこれを避けるためには自己都合退職以外に方法がないと信じた結果、退職を承諾する旨の意思表示をしたのだから、退職の意思表示にはその動機に錯誤があったと認定しました。

その上で、退職勧奨を行った者自身が、原告に対して、自己都合による退職をするか解雇処分を受けることにするかを原告自身で決めよと申し入れていることからすると、退職勧奨を行った者は、原告が自ら退職するか解雇処分を受けるかのいずれかの方法を取らざるを得ないことになることを当然に認識していたものであるから、「解雇処分を受けることを避ける」という原告の動機は(たとえ明示されていなくても)黙示のうちに表示されていたと判断しました。

さらに、解雇事由が存在しないことを知っていれば、原告もまた一般人も退職の意思表示をしなかったと考えられるから、意思表示の重要部分に錯誤があったものとして無効となると結論づけています。

事前の相談と慎重な行動を

この事案では、退職合意が錯誤で無効であるという判断がされていますが、錯誤による無効主張が認められるためにはいくつものハードルがあり、決して簡単に認められるというわけではありません。

退職届を出す前には弁護士のところに相談に行き、あとあと後悔しないように慎重に行動することが大切です。

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併せて知っておきたい

退職か解雇か(退職届の撤回、錯誤無効、脅迫を理由とする取り消し)

解雇と自主退職の境界~「辞める」と口にする前に知っておきたいこと

残業代請求~弁護士が教える残業代請求のポイント~時効から残業時間の証明方法まで


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